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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第四章⑤大好きだから

「この画角だと、ここに椅子を一つおいて、テーブルをここに移動すれば全員が入るんじゃない?」

 そんなことを提案する朝香に対して、詩織が「いいね」とか笑っている。まぁ、詩織が楽しいなら良いか。

「ボクもパソコンの準備をしようっと」

 そう言いながら立ち上がる。まずは自分たちのデビュー曲を考えなきゃ。テーマはアイドル、ね。考え甲斐があるじゃない。楽しそうに交流している二人を眺めながら、ボクはパソコンを手に取る。今までボク以外の人間とは怯えていた詩織とは思えない。詩織の頑張りもあるが、朝香の度胸が凄いと思う。

「んー、まずは作詞かな」

 そう言いながらボクはパソコンを起動する。そんな時間がたまらなく幸せだと思った。

「そういえば、萌歌。手紙、渡した?」

 その言葉にボクは手紙の存在を思い出す。

「まだだね」

「なら、渡しなよ」

 朝香がそう言うが、ボクは首を振った。

「いいよ、実は手紙はもう少し甘いことが書いてあったからさ」

 ボクの言葉に詩織が反応する。

「どういうこと?」

 説明するように朝香が言った。

「姫が配信で萌歌を晒した後に、萌歌はトイレで私と電話をして時間を稼ぐって決めたのね。で、時間を稼いで落ち着くときに私は萌歌に手紙を書くように言ったの」

「え、萌歌から手紙なんてもらったことない。欲しい」

 ボクはそうなるだろうな、と思いながらも首を振った。

「ダメ。渡したら詩織のためにならない」

「なんでよ」

 食い下がる詩織にボクは静かに答えた。

「ボクがどれだけ苦しかったか分かっちゃうから」

 それを聞いて詩織が黙る。何も言えまい。

「ボクの素直な気持ちを聞いたら詩織が辛くなる。もし、大好きって書いてあったらどうする? 本当は愛してるって書いてあったらどうする? 詩織はもっと苦しくなっちゃうよ。ボクは最初から婚約を破棄するところまで考えていたよ? でも、大好きなことが言葉よりも強く伝わっちゃったら、詩織は耐えられる?」

 ボクの問いかけに朝香が苦笑する。

「それでも詩織は読むべきだと思うな。詩織はもっと強くならないといけないよ」

 ボクが「でも」と言い返したところで、詩織が笑った。

「大丈夫、あたし、読む。自分のしたことをしっかりと文字で確認する」

 はっきりと断言されてボクは何も言い返せなかった。ボクは自分の外出用の鞄を指さす。

「手前にあるチャックのポケットの中にあるよ。ボクから渡す勇気は無いから、自分で出して」

 その言葉に朝香は「どれどれ、私が見てやろう」と動く。だが、そんな朝香よりも早く鞄に手を伸ばした詩織が手紙を取り出す。かわいいにんじんの封筒を見ながら「かわいい」と呟いた。

 ボクは黙って詩織を見つめる。そんなボクの前を横切って、朝香はスマホで撮影を開始した。画角に入りきっていない場所に詩織がいるが記録としては最高だと思う。良い仕事をするなぁ、と思いつつ、ボクは詩織に声をかけた。

「読むときは読み上げて。ボクも自分でもう一回、聞き直したい」

「分かった」

 そう言いながら詩織は餅つきをするウサギのシールを剥がす。……本当に見られてしまうのか。

「月宮詩織様。今日、あなたがしたことはボクたちの運命を大きく変えたと思います。アイドルを諦めた詩織とアイドルを押しつけられたボクは違う道を行くのかな、とさえ思いました。でも、ボクには詩織と歩む未来しか想像が出来ませんでした。本当に詩織のことが大好きだからです」

 そう読み上げる詩織を見ながら、ボクは今までを思い返す。小説になりそうなくらいに波乱の時間を過ごしたが、その中でボクは様々なことに気づいてきた。色んな人に色んな助言を受けたし、皆が味方になってくれた。

「ボクは今まで真剣になることから逃げてきました。だから、曲は作っても目立たない作曲家を目指しました。詩織との喧嘩から逃げたボクは苦しいルールの中で、あなたに手を伸ばしました。でも、本当はまっすぐ向き合えば手を伸ばさなくても手がつなげるくらいに近くに居たんです。それさえもボクは分かっていませんでした」

 その言葉を聞きながら朝香は無言で椅子に座る。何を思っているんだろう。

「ちゃんと愛せていなくてごめんなさい。ボクなりに愛しているつもりだったけど、ちゃんと届いていなかったんだと思う。苦しかったよね。不安だったよね。もっと向き合って欲しかったよね。ごめんね。ボクは正しい向き合い方を知らなかったんだ。でも、今日、出会った人たちはみんなまっすぐで、ひたむきな人たちだった。もちろん、すれ違うこともあるだろうけど、すれ違ったときに一瞬だけでも手をつなげる人たちだと感じた。お互いに相手が見えなくてすれ違い続けても、何回でも手を握り合えると思った。だから、ボクも詩織の手を握りたい」

 手紙を読む詩織の声が少し震え始めた。まぁ、そうだよな。泣けるだろうな。ボクも詩織から手紙をもらったら泣くと思う。

「もっと早く約束を捨てなくてごめんね。ボクは姫と一緒になろうと思った時点で有名になる覚悟をするべきだったんだと思う。無意識に有名になることから逃げていて、ボクのことを言えなかった詩織は辛かったと思う。言いたかったよね、こんな素敵な恋人がいるって。少なくともボクは姫の最古参リスナーの話を聞きながら、そう感じた。だから……」

 詩織が鼻をすすり出す。

「ボクは……詩織とやり直す……と決めた。……今までの関係も、壊して……一からやり直そうって思った」

 泣きながらも一生懸命に呼んでくれる詩織のひたむきさがボクは好きだ。だからこそ、読み切るまで見守る。

「ボクは……あなたの無力なファン……じゃないから。……隣で歩けるからこそ……エゴを押しつけたくなった」

 読み上げるのが辛そうな詩織に近づこうとする朝香を手で制す。これは、詩織が乗り越えるべき壁だ。

「ボクのエゴを……認めて欲しい。……君が望んでいるような……詩織だけのアイドルじゃなくて……完璧な……」

 声を上げて詩織が泣き出した。これ以上は読めないだろう。ボクが代読しよう。

 立ち上がって、詩織の横に居ると自分の手紙を手に取る。そして、読み上げる。

「詩織だけのアイドルじゃなくて、完璧なアイドルとして、詩織の望むように世界を変えようと思った。逃げずに進もうと思った。だから、今は辛い思いをさせるけど、年をとって引退した後や来世でボクと結婚しよう。引退さえするか分からないけど、ボクは詩織が望んだように生きるよ。もし、気が変わったとしても、ボクはアイドルをやめないと思う。理由は、あなたの誕生日プレゼントを投げ出すことになるから。大きなプレゼントだからこそ、ボクは大事にして生きるよ。祝ってくれてありがとう。下手くそだったけど、良いプレゼントだったよ」

 そこまで読むとボクまで泣きそうになっていた。そんなボクを見て、朝香がボクの隣に来る。

「ボクは詩織を応援している。ボクは詩織のファンだ。あなたがボクに憧れるように、ボクは詩織に憧れている。だから、あなたのエゴをしっかり受け取ったよ。ボクのエゴも受け取ってくれるかな? ボクは詩織が大事だから、アイドルになるよ。詩織のやったことが全て正当化されるように、ボクはアイドルになるよ。ボクがアイドルになる気が無かったって言いだしたら、色々と他人に言われちゃうでしょう? だから、ボクはアイドルになるよ。でも、悪く思わなくて良い。ボクはやっと本気で生きることが出来るようになったから。ありがとう。これからもよろしくね。空見萌歌」

 ちゃんと最後まで読み切った上で朝香は「めっちゃ頑張ったね」とボクの背中を叩いた。頑張ったよ。当たり前じゃない。だって、詩織のためだもの。

「ごめんなさい……」

 そう謝る詩織に「大丈夫だよ」とボクは答える。許すとは言えなかったけど、平気だ。なんとか生きていける。

「ますます、失敗できないね。三人で力を合わせて、必ず、アイドルになろう!」

 そう励ます朝香にボクは「朝香もアイドルになるの?」とツッコんだ。朝香は「もちろん嫌だね」と笑う。でも、頑張ろうと思えた。嬉しかった。

「それじゃあ、少しだけ休んで顔を整えてから、作戦会議でもしましょうか」

 ボクの言葉を朝香が「うぇーい」と盛り上げる。泣きながらも詩織も拳を突き上げた。やる気はあるようだ。きっと大丈夫だ。ボクはそう思いながら、立ち上がる。

「水が飲みたいや」

 その言葉に朝香が「そうそう、コップってさ」と賛同する。だが、この家に誰かが来ることは想定されていないのでコップなんて無い。

「姫のコップ、使う?」

 詩織がそう言いながら立ち上がる。少しふらついているので、脱水気味ではなかろうか。詩織こそが水を飲むべきだと思う。泣きすぎだ。

「え、じゃあ、萌歌と間接キス……」

「だーめ、するなら詩織と」

「いや、ボクは完璧なアイドルだから嫌です」

 そんなことを言いながら、ボクたちは笑う。これからが本番だ。

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