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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第四章①けじめ

 音を立てずに扉を開けると、詩織は配信を続けているようだった。

「帰ってきた? 音がしなかったけどな」

 コメントにボクのことを指摘されたのだろうか。そう言いつつ、振り向く詩織にボクはため息をつく。

「仮にも配信者なんだからさ、鍵を閉めるくらいのことはしようよ。殺されちゃうよ?」

 ボクの言葉に詩織は笑う。

「萌歌がいつ帰ってきても良いように開けておいたんだよ」

 その言葉に「だからって厄介なオタクが来たらどうするの?」とボクは説教する。実際に身近なところに厄介なオタクがいるからこそだ。

 ボクは一度振り返って、鍵を閉めてから詩織に向き直る。

「ただいま、月兎耳姫」

「お帰り、萌歌」

 そう言いながら詩織は抱きついてきた。ボクは詩織の頭を撫でつつ、文句を言う。

「これじゃあ、ボクの芸名も意味が無いじゃない」

 その言葉に言うこともないのか詩織はうつむいたまま、気まずそうだ。散々、本名を連呼した自覚はあるらしい。

「さて、まずはリスナーに対して挨拶しようかな」

 ボクがそう言って彼女を手放すと、意外に思ったのか詩織までボクを手放す。抱きしめられたままの変な状態で挨拶する予定だったから、ちょっと楽になった。ボクは一人でスタスタと詩織のスマホに近づくと画面を眺めた。

 長足でコメントが流れていくが、無情なコメントや誹謗中傷が混ざっているのが見える。一瞬だけ〈あなたの月を見せてください・朝香〉ってコメントが流れた気がするが、あの子がそんなに思い切りの良いことをするとは思えなかった。

「見間違えかもしれないけど、コメントに対して。ボクの月は、今、昇るよ」

 ボクはそう答えてから、声を荒げる。

「良いか、テメエら! 耳の穴をかっぽじって聞きやがれ!」

 突然のキャラ崩壊に困惑するコメントが流れていくが、ボクは自分らしくないのを承知しつつ怒鳴り続ける。

「テメエらが姫を傷つけた分の賠償金は、ボクがボクの歌で稼ぎ取る! 姫を傷つけたことを後悔させてやる! 精々、金を用意して熱狂するのを待ちやがれ!」

 そんな宣言に困惑気味の詩織に向き直ってボクは、できる限り、優しく言葉を紡ぐ

「詩織。二人で、アイドルになろうっか。最初は配信者かもしれないけど、グループアイドルとして頑張っていこうよ」

 その言葉に詩織は「えっ」としか言えないようだった。しばらく待っても挙動が停止したままなので、ボクは妄想を語る。

「グループ名は『海とウサギの月』かな。クラゲって漢字で書くと海の月なの。で、月兎耳姫だからウサギの月。二つを合わせたピッタリな名前だと思う」

 その言葉にボクは内心で苦笑する。同じ発想をしたときに詩織は『海月兎耳』(くらげとじ)とか言い出すだろうから、センス良く月を抽出したんだ。それは言わないでおくけど、ボクは妄想を続ける。

「それで、曲も作り始めてる。今日の投稿に出したアイドルの発想を使ってね……」

「待って、訳が分からない」

 やっと詩織の言葉が出てきた。ボクは微笑む。

「どうして? 一緒にアイドルになりたかったんでしょう?」

 ボクの問いに詩織は泣きわめく。

「あたしはアイドルを諦めたの! それに、萌歌があたしの思い通りになる必要なんて無い!」

 その叫びにボクは苦笑する。

「詩織の気持ちは分かってるよ。でも、詩織がボクにアイドルで居て欲しいように、ボクは詩織にアイドルで居て欲しい。もし、グループで動くならエースは月兎耳姫だよ。ボクにはあなたのような綺麗な声はない。休みがちになっても良いけど、ライブとかには出て欲しいかな。ボクはあくまでサブ。月兎耳姫の作曲のサポートもするし、自分で曲も作る頑張り屋さん。もう一人、メンバーがいても良いけど、ボクはそんな妄想をしている」

 その言葉に詩織は抱きついてくる。響いているようだ。もう一押ししてみよう。

「詩織はさ、ボクをアイドルにしたいんでしょ。それこそボクは最初からアイドルなんて無理だって諦めてた。〈しがないオタクの作曲家〉として生きようって思ってたし、アイドルの可能性なんて考えても来なかった。だけどさ、その可能性に気づかせてくれたのは詩織だよ。最初から諦めなくてもいいって教えてくれたから、ボクはアイドルを目指そうと思ったの」

 その言葉に詩織が声を上げて泣く。かわいい子だ。

「ボクをアイドルに仕立て上げた責任、取ってよ。一緒に歌ってよ。本当にアイドルを諦めるなら、ボクだけがアイドルをすると思う。けど、ボクはアイドルとして君を応援するんじゃなくて、隣に並んで一緒に頑張る仲でいたい。君を泣かせた奴らを泣かせて、君の誕生日プレゼントを正当化するために、ボクは意地でもアイドルになると覚悟してる」

 それを聞いて詩織は「でも、あたし……」と喚く。そんな彼女の頭にチョップして、ボクは言う。

「君のおかげでボクは変われたんだ。次は、ボクが君を変える」

 その言葉に詩織は少しだけ覚悟を決めてくれたらしい。

「……わかった。頑張る」

「ありがとう」

 なんとかうまく収まりそうな気がする。けど、全部を曖昧にする気は無い。はっきりさせることははっきりさせよう。

「そんな詩織に言わないといけない問題が二つある」

 それを聞いて、詩織は首をかしげた。かわいいなぁ、と思いつつ、ボクは暴れないことを祈る。

「一つ目。音楽に集中できないから、バイトをやめたい。一日に何時間も音楽以外に時間を取られるのは辛いんだ。でも、お金がないと生きていけないから貯めてきた結婚資金を生活に回そうと思う。結婚式とか望むんだったら夢が遠のく。それでもいい?」

 その言葉に詩織は無言で頷く。もしかしたら、今、結婚式について諦めさえ持ったかもしれない。そんな彼女には申し訳ない言葉を言う。

「ちなみに、詩織が働くのはダメだからね。現実的じゃないし、そもそも、ボイトレやダンスレッスンを再開して欲しいから、働かせない。アルコール依存が治ってないのも致命的だしね」

 その言葉に詩織は「あたし、働く気は無いよ」と宣言する。それはそれでどうかと思うが、よしとしよう。

「二つ目。詩織がボクにどんなアイドルになって欲しいかが聞きたい。ボクは今までの行動からして、詩織がボクをみんなのアイドルにしようとしているのを感じた。もし、そうなら、ボクはちゃんとしたアイドルをやりたい」

 その言葉に詩織は頷く。……頷いちゃったか。そうか。ボクも覚悟を決めなくちゃ

「じゃあ、婚約を破棄させてください。アイドルは恋をしない存在です」

 その言葉に詩織は唖然とした。でも、そういうことなんだよ。君の求めていることは。

「ボクは詩織のアイドルじゃない。みんなのアイドルだ。処女崇拝も残る世界でボクは悔しくも処女なんだ。男なんて縁もない。噂だと詩織は既に処女を失っているらしいけど、ボクは貰い手がいなかっただけだとしても、処女を守ってきた。それを利用したい」

 その言葉に詩織は崩れ落ちる。やっと事態を飲み込んだらしい。

「……お別れ、なの?」

「ううん。恋人としてじゃなくて、パートナーとしてそばに居るよ。ただ、結婚はしない。恋人ではないけど、一人の人間として君を愛しているのは変わらない」

 ボクの言葉に詩織は「でも、あたしの萌歌じゃなくなるんだ」と呟く。それに対しては頷くしかなかった。リスナーから見たら滑稽な茶番だろう。けど、これが姫の作ったシナリオなんだ。予定外のことがはいりまくっているが、ボクは詩織の思うようにアイドルへと仕立てられている。

「ボクは君の誕生日プレゼントを全力で大切にする。人生をかけてでも君の望む完璧なアイドルになる。表に立つなら、ボクだって容赦はしない。覚悟も決めた。失敗しようと全てを賭けて成り上がってみせる。だから、今世では恋人にならない。ボクは来世で君に告白するよ。今度は君から言わせない。ボクから言う。だからそれで許してくれないかな?」

 泣く詩織にボクは笑いかける。

「もう、泣き虫さんだなぁ」

 そう言いながら、自分の頬に涙が伝っているのは分かっている。凄く苦しい。自分で決めたことだけど、全力を出すなら通らないといけない道だ。慰めるように詩織の紙を手で梳く。ピンクのメッシュがかわいい。ボクは詩織が好きなんだ。

「ごめんね」

 その言葉にボクは「謝らなくて良い」と言う。だが、詩織は首を振った。

「姫のわがままのツケを萌歌に払わせちゃった。ごめんね」

 その言葉にボクはため息をつく。

「詩織の無鉄砲さはよく知ってる。だから、それくらいは慣れてるよ」

 その言葉に安心したのか、詩織は立ち上がる。

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