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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第三章④ボクの過去、ボクの未来

「ボクは中学時代にいじめられました。理由は声が高いから。ぶりっこのように聞こえたそうです。そのくせ、男のように気が強かったので男扱いされました。実際、男友達から変な触られ方をされたときは殴ったし、それを見た男達は怯えました。でも、後悔はしていません。性加害に入るかは分からなかったけど、酷いケースになるのは自分で防げたし、自己防衛で引きこもりになりましたから」

 そう言いながら、頬に涙が流れるのを感じる。珍しいな、ボクが泣くなんて。

「ボクは月宮沙織の歌に引き込まれてアイドルに憧れました。憧れているうちに彼女の歌を消費するだけじゃ足りなくて、生産する側に回りました。未だに曲は採用されていませんが、音楽になった原点は間違いなく沙織です。『血塗れの産着』って曲は“生むために死んでも良い”って歌う曲ですけど、ボクはその部分にシンパシーを感じました。ただ、生むことは好きだけど目立つのは嫌いだった。そういう意味でボクはアイドルになる覚悟が無いと思います」

 そこまで言い切ったが何かすっきりしなかった。確かに覚悟はない。覚悟はないけど……。

「違うな。覚悟を決めるつもりがなかっただけだな。覚悟を決めたらボクはアイドルにだってなる気がする。歌に魂を売ってるから。今もSNSを見れないような臆病者だけど、歌が人気になったことは凄く嬉しい」

 ボクの言葉に皆が頷く。ボクはなんか照れくさくて牛乳を飲んだ。少し甘く感じたのは疲れているからだろうか。

「姫が嫌いかなんて分からないけど、姫が心配なのは事実です。彼女は月兎耳のように扱いにくいんですよ。家の月兎耳も何代目だっけな。忘れちゃった。寒さに弱いし、水をあげすぎても根腐れするから大変なんですよ。日光にも当てなきゃだし、適度な環境を作らないといけない。それは月兎耳が生まれた環境に適しているからであって、仕方ない部分だと思います。それを彼女に照らし合わせたときにボクは思うんです。彼女はもっと恵まれた未来だったら楽に生きることが出来るのかなって」

 ボクはそう言いながら、ティッシュを出して鼻をかむ。

「彼女は現代って言う環境では繊細な扱いをされるかもしれないけど、扱い方が研究された未来でなら育てられる存在だと思うんです。ただ、今は違う。それでも死なせるのはもっと違う。だから、ボクは見捨てずに寄り添ってきた。大事だと思って、愛してきた」

 その言葉に朝香が同調する。

「大変だったよね。彼女を見ている中で、彼女はいつでも無鉄砲だった。男性不信をこじらせていたのはあるけど、彼女はいつでもまっすぐだった。自分の辛いに対して素直だったし、真剣だった。ただ、好きなことを好きって言う過程で嫌いなモノを貶めてしまうのが悪い癖。何かと比べる必要も無いくらいに好きって言うことが怖いんだと思う」

 その言葉にボクは頷いた。

「詩織はいつでも何かと比べたがるね。きっと比べられてきたんだと思う。そんな彼女をみんなが避けていたよ。ボクも最初は避けていた。だけど、中間テストの相手が居なくて泣いている彼女を見て、ボクは放置できなかった。歌を聴けば彼女の思いが本物なのは分からされた。押しつけられるような痛みはあったけど、その声に力があった。今もそうだけど、それが彼女の魅力だと思う」

 ボクの言葉に朝香だけでなく夕香までもが頷いた。やっぱり、ファンには分かるんだな。

「ボクは菌扱いや無視だけじゃなくて髪を切られるようなこともされた。更衣中に着替えを捨てられたこともある。けど、ボクを救った沙織と同じ魂が詩織にはあるんだよ。声も顔も似ていないけど、心の揺さぶり方はそっくりだ。ボクは多分……」

 そこで言葉を押しとどめる。本当にそれでいいのか、何度も反芻する。ボクはこの言葉で彼女を表現して良いのか分からない。それでも、これしか当てはまらない。

「うん。……“推し”ていたんだね」

 ボクの答えを聞いて、雅さんは深く頷いた。愛していると言わなかったボクの気持ちを最大限にくみ取ったのだろう。朝香までもが涙を流している。そうだろうな、愛しているって言わないってことはそういうだもの。

「近くに居るだけで本質的にボクは無力だった。ファンとしてしか彼女を愛せていなかった。これからもそうかは決められないけど、隣に立っているという資格はボクにないよ」

 その言葉にボクは胸が締め付けられる。……はっきりさせてしまった。声を上げて泣きそうなときに、夕香が口を開いた。

「あなたの気持ちが……。『守りたい」って姿勢や『救いたい』って言葉が、憐憫や観客のエゴだなんて。私は絶対に言えません。そんな風には見えません。そう思いたくありません」

 その言葉にボクは思わず夕香の方を見る。すると、夕香も泣いていた。

「愛なんて相互にと雨量・糖質でぶつけ合わなきゃ壊れちゃうんですよ。ちょっとでも方向が合わないだけで不安が生まれるんです。私は今までの恋愛経験で、それを知っています」

「おい、待て、夕香。おまえ……」

「パパは黙ってて。彼氏については教えない」

 真剣なシーンでも子煩悩な雅さんに苦笑しつつ、ボクは夕香に「ありがとう」と言う。すると、夕香は笑う。

「お手紙、書きませんか? 悔しいことに私は、私たち姉妹は、作家の娘なので気持ちを紙に記すことを教育されています。紙に書くとぐるぐると巻き戻るのを止められますよ」

 その言葉にボクははっとする。いつも曲を贈ってばっかりで、真剣な言葉を書いたことがないな。

「家族みたいだね」

 ボクがそう笑うと、雅さんが「全面的に味方だと言っただろう」と宣言する。そうだろうな、そうじゃなきゃ、ここまでしてくれないよな。

「紙をいただけますか?」

 ボクの問いに朝香が立ち上がる。

「ウサギさんの便せんを持ってくるね」

 その言葉にボクは苦笑した。

「寂しいと死んじゃうって噂のウサギさんね」

 ボクの言葉に「じゃあ、にんじんの封筒でも探してくるかな」と夕香が笑った。

 二人が今を出て行ってから、雅さんが口を開く。

「うちの娘には言っているんだがな、一発で清書するなよ。勢いで書いた言葉には力があるが無駄なところにまで力が及びがちだ。雑紙に書き出してから何度も影響力を確認して、必要な方向性に最大限の力を向けろ。そうすると最初とは違う世界が見えてくることもある」

 その言葉にボクは深く頷いた。今のうちだな、と思ったボクはメモ帳を取り出して思いを書き出しておく。〈ボクは姫を愛せていない〉と書いたところで、雅さんは口を挟んだ。

「本当に愛せていないのか? 愛せていなかったら姫は君をそんなに慕ったかな?」

 その言葉にボクは悩む。すると、便せんと封筒を持って二人がやってきた。

「あ、下書きか。さすがパパだね」

 そう呟く夕香に朝香が問いかける。

「ねぇ、夕香。確か食事しながらもイヤホンつけてたよね」

 その言葉に「うん、片耳だけどワイヤレスのやつ、つけてた」と夕香が答える。それを聞いて、朝香は真剣な目をした。

「どうせ姫の配信を聞いていたんだと思うけど、今まで姫は萌歌を悪く言った?」

 その言葉に夕香は苦笑する。

「そんなわけ無いじゃん。全責任を背負おうと頑張ってるよ、姫は」

 それを聞いて、ボクは少し嬉しくなった。「そっか」と呟くボクに対し、朝香は嬉しそうに手を握る。

「姫はね、家族のことは凄く悪く言うの。でも、ルームメイトや同居人のことだけは絶対に悪く言わなかった。最古参のファンとして信じて欲しい。あの子はあなたを信じてる」

 それに合わせるように夕香が押しかける。

「互いに深煎入りしなくても思い合っていたんだよ。隠してきたからアイドルにされちゃったけど、アイドルからの愛を感じたから姫は萌歌さんのファンなんだよ」

 付け加えるように朝香の母親まで口を開いた。

「私は古い人間だから“推す”と言う言葉がない時代に生きていたけど、若い娘達を見ているとね、“推す”と“愛す”って大差ないように感じるわ」

 締めるように雅さんが言う。

「君の中で逃げや嘘は本当にないかね? さっきだってまっすぐ憧れる前に諦めていた。そのようなことはないかね? 君の本音はそんなちっぽけな言葉に収まるのかね?」


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