花の祭
本日更新2話目です。よろしくお願いします。
ドラセナは春の山菜を好む。山菜の味が好きというより、それらを口にすることで春が来たことを実感できることが好きと言ったところか。
そのため、この頃は夕食に山菜のサラダを追加した。
だいたいはラムソンという香り高い野草と、少し苦いたんぽぽの若芽のサラダだ。
言うほど美味しいものではないが、ドラセナはとても嬉しそうに食べている。
ラムソンは細かく切って、バターに混ぜて日曜の夕食に出すこともある。
これをパンに塗って食べるのは、僕もなかなか好きだ。
たんぽぽの花は少しはちみつに浸けてある。
農作業も僕の仕事のひとつになった。
時間は、読書の時間を夜に移すことで用意した。
僕には睡眠は必要ないし、ランタンの灯りを頼りに読んでも目が悪くなることはない。
ドラセナは朝から一日中畑にいるが、僕は昼食までは家で他のことをやって、昼食が終わってから畑の世話をする。
鶏がそばで土をつつく横で、水をあげたり雑草を抜く。
小さく芽を出したばかりの野菜たちは、とても可愛らしい。
一方でそうでない植物もいくつかある。
たとえばエンドウ豆。
エンドウ豆は雪の降る前に種を蒔き、春の終わりころに収穫できる。
そろそろ気が早いものがまばらに花をつけている。
林に生えたアスパラガスも立派に育って、バターで炒めると塩だけの味付けでも絶品だ。
森も雪はとうに溶けて、葉を落として眠っていた木々も柔らかい新緑の葉を茂らせ花をつけ、草も色鮮やかな花で枯れ葉の上を彩っている。
小鳥は嬉しそうにさえずり、時々茶色い毛に変わり始めたウサギが遠くを跳ねている。
暖かくて柔らかい日差しが優しく照らして、柔らかい新芽の草原の上に寝転ぶのは心地が良い。
小鳥のさえずりと葉が風に揺れる音を子守歌に微睡むのも、春の楽しみだとドラセナが笑っていた。
街ではそろそろエアリノスの目覚めを祝う花の祭が行われるが、いつものごとくドラセナは参加しないという。
どこもかしこも黄色の飾りで覆われ、ミモザの花が町中に咲き誇るとても陽気な祭りらしい。
「他の神々の祭はしないのに、どうして収穫祭だけはやったの?」
「どれだけ嫌いでも実りをもたらすフティノポリノスとディミトゥリアカだけは敬わないと、明日の飯が無くなるからだよ」
不満そうに口をとがらせるドラセナはどこか子供っぽい。
そう、意地を張る子供のような。
「でもそれを言うなら、ヒメリノスが種を休ませ、エアリノスが花を咲かせ、カロケノリスが夏の日差しの中で育てて初めて秋の実りがあるんだよ」
「それでもだよ。気分の問題だ。やっぱ神話なんて読ませるべきじゃなかったよ」
それだけを吐き捨てて、食事も早々に切り上げ自室へ向かうドラセナ。
「じゃあ僕一人で行っていい? 黄色い街、気になるんだ」
「好きにすりゃいいよ」
花の祭りの日、街はどこもかしこも黄色のリボンや、刺繍が施された黄色い布で飾り付けられ、広場では陽気な音楽が奏でられ、人々はぶどう酒を片手に踊っている。
誰もが幸せそうに笑顔を浮かべている様は、なかなか気分が良くなるものだ。
「あらっ、アリウムちゃんじゃないの! ベッキーさんはいないのね? ひとりなんて珍しいわねぇ、私と祭を見て回る?」
「ラダン夫人、お久しぶりです。お母様は留守番です、ラダン夫人は誰か一緒に回る人は居ないのですか?」
この老婦人は優しげだが、僕を未だに女の子だと思い込んでいる。
男の服を着ているというのに、人間の思い込みとは恐ろしいものだ。
「主人は革細工の露店をやっているから、私だけ見て来なさいって言ってくれたのよ。1人は寂しいし、せっかくだからね。それにしても、その服じゃ寂しいわよアリウムちゃん。お祭りの日はとびきりのおしゃれをするものよ」
僕は自分の着ている服を見下ろす。確かにいつも通りで、行き交う人々の服と比べると見劣りして見える。
「私の娘が若い頃来ていた服がいくつか残っていたはずよ、先に着替えましょう? 花の祭だし、黄色くてかわいいワンピースを貸してあげるわ」
有無を言わせぬ様子のラダン夫人に手を引かれ、僕はラダン夫人のお宅を訪ねることになった。
「うーん、髪も瞳も紫だから黄色はあんまりねぇ。私が前作ってあげた服を着てきたらよかったのに。」
ラダン夫人が僕に黄色い、フリルのついた可愛らしいワンピースをあてて考えている。
以前贈ってくれた、淡い紫のワンピース、実は一度も袖を通していない。
ドラセナがお腹を抱えて笑いながら、息も絶え絶えに似合うから着てみろと言っていれば、着る気も失せるというものだ。
「やっぱり、僕はこの服でいいですから。」
「そうなの? じゃあ髪だけどう? と言っても短いし、飾りを付けるだけね」
「このままでいいですよ。お手を煩わせるのも悪いですし」
ドラセナにばれたらなんだか嫌だし。
「残念だわぁ。久しぶりに若い女の子の服を見繕えると思ったのに。それに、淡い青みがかった紫で綺麗な髪だから、伸ばしたらいいのにねぇ。私みたいにしたら邪魔じゃないわよ」
そう言って結い上げた白髪を僕に指さして見せてくれる。
「あぁほら、お祭りの日は露店がたくさんあるのよ。みんな浮かれて財布のひもも緩くなるしね、アリウムちゃんも、アクセサリーとかどうかしら? 小物入れなら、うちの主人のがデザインもいいし丈夫だしおすすめよ」
ちゃっかり宣伝を入れるところが商魂たくましい。
へそを曲げたドラセナにお土産でも買おうかと辺りを見回すと、刺繍した布類を並べた露店が目に付いた。
ミモザと小鳥が繊細に縫い上げられたケープがとても美しい。
同じモチーフのハンカチや手ぬぐいもこれより安価で売られているが、このケープは見事だ。
それに、ミモザの明るい黄色はドラセナの明るい茶髪に似合うと思う。
「相変わらず、ライラさんの刺繍は一級品ねぇ」
「そんな、ラダン夫人の刺繍には敵いませんよ、街一番の腕じゃないですか」
「老いぼれの道楽よ、そんなすごいもんじゃないわ」
ラダン夫人は店の売り子と知り合いのようで、しばらく楽しそうに喋っていた。
「そろそろお昼でしょ、何か買いましょう。おばあさんのおごりよ」
ラダン夫人は、ラムソンとウサギ肉のミートパイをごちそうしてくれた。
ラムソンの香りと、上品で淡白なウサギ肉がよく合う。
「ウサギはとっておきのごちそうだもの、私はこれが好きなんだけど、お祭りでしか食べられないからね」
確かにとても美味しい。
ドラセナがへそを曲げていなければこれが食べられたというのに。
次の日曜日、ドラセナに作ってあげてもいいかもしれない。
「みんな楽しそうですね」
「そりゃあそうよ、エアリノス様は明るい雰囲気と笑顔がお好きなとっても優しい女神様だもの。エアリノス様のお目覚めをお祝いするのなら、とびきりの笑顔で楽しくお祝いしないといけないわ」
「それは神話に書いてあるんですか?」
僕が読んだ神話には、神々の嗜好や性格なんかは載っていなかった。
「載っていないけど、神父様が小さい子たちに読み聞かせる物語にあるのよ。エアリノス様明るい笑顔がお好きで、カロケノリス様は賑わいと戦いがお好き、フティノポリノス様は風雅な歌と踊りを愛して、ヒメリノス様は静寂と冷たさを愛す。有名な話よ」
「だからカロケノリスから戦いの神と狩猟の神が生まれて、フティノポリノスは歌と踊りの神を生んだんですね」
うんうん、とラダン夫人が優し気な笑顔で頷いた。
「よく覚えているわねぇ。私はみんなが知っているようなことしか知らないけれど、教会の神父様からならもっとお話が聞けるわよ」
ラダン夫人が、街のはずれにある教会のほうを指さした。
「機会があったら聞いてみるといいわ。あの方は創世の叙事詩もお持ちよ。神話のもとになったお話ね。お願いすれば写しをくださると思うわよ、布教のひとつね」
創世の叙事詩、確かに気になる。今度教会まで足を運んでもいいかもしれない。
「さてアリウムちゃん。花の祭なら楽しく踊らないといけないわ。私はもう老いぼれて踊りは無理だけど、あなたは若いもの。踊ってらっしゃい」
「えっ? ちょっと、僕は踊りは……」
「いいからやってみるの、こういうのはやって覚えるのよ。それにエアリノス様は、楽しく踊れば下手でも許してくださるわ」
「えぇ、ちょっと、そんな……」
やっぱり来なかった方が良かったのかもしれない。