冬支度 2
筆がのったので二話目ですが更新させていただきます。
家の軒下に積み上げられた薪は、一冬を超すのに十分とは言えなくともかなりの量がある。
これだけあれば、吹雪の間家に籠ることくらいはできそうだ。
背後から、ドラセナの足音が聞こえる。
「どうしたの?」
「いや、急用じゃないから終わってからでいいぞ。しっかし凄い量集めたな。いつもはこれの半分くらいだ」
そう言われてみると、確かに凄い量かもしれない。
肩に、ふわりとマントを掛けられた。厚手の布で、襟に毛皮の縁取りも付いた暖かそうなものだ。
「これ、なに?」
「お前の服、夏から変わってねぇだろ。お前は再三要らないっつってたが、見てるこっちが寒いんだよ。服は部屋に置いておいた」
確かに温かそうだ。けれども動きにくそうでもある。
「さっきから、なに?」
僕が本を読んでいると、編み物をしていたはずのドラセナが見てくるのだ。それもずっと。集中しにくいことこの上ない。
「気にしないでいいぞ」
「気になるんだよ」
ふーん、とドラセナが籠から毛糸の束をいくつか取り出しては、色を比べて考える。
「なんか既視感があるなと思ってたら、甥に似てるんだな、お前。小さいときは後ろをちょこまかちょこまかついてきてたのに、知らん間に全部自分でやるようになってる。もしも私に子供がいたらこんな感じだったんだろうなぁって思っただけだ」
「結婚していたの?」
ふっと、こちらを見ているはずのドラセナの瞳が、どこか遠くを映したと分かった。
「……いや、してないさ」
「そうか。でも、どちらにせよ僕はあなたの子供じゃない。人間のあなたから人形の僕は産まれない」
ぱちりとドラセナと目がある。ゆらゆらと揺れる暖炉の炎が、新緑の瞳に映されている。
「作るってのは、産むと何が違うんだろうな。この世の生物を創ったアサーナトスも、自分の創造物たる生き物を我が子と呼んでいたらしいぜ」
アサーナトス。神話の一部、創世の叙事詩に登場する、生命を司る創世の神々のひとり。
「僕を我が子と呼びたいの?」
「いんや。お前は私がそうすると言えば従うが、お前の意思はそこにはない。食い下がるってことは、嫌なんだろ?」
パチパチと爆ぜる薪の音と、揺らめく炎が近いように聞こえる。
遠くの鹿の鳴き声が、窓の外に響いている。
ドラセナが目を伏せて、編み針を動かし始めた。
「黙るってことは、嫌なんだな」
返事をすることから逃げるように、僕は手元の文字へ目を落とした。
分厚い薬草と薬の本には、このあたりだけではなく世界中の薬草が書かれている。
薬草から世界の一端が垣間見えることが、ひどくおもしろい。
「あなたには、甥が居たの?」
「ああ、兄の子供だ。10になる前にそばを離れて、最後に見たのは兄の死に目だ」
どこか淋しそうで、でもそれを悟られまいと取り繕うような声。
「会いに行かないの?」
「面白いことを言うもんだ。もう数えるのも諦めたほど遠い昔の話だぜ?」
「じゃあその子孫には?」
「大昔のご先祖様の妹が会いに来ましたって、どんな状況だよ?」
本から目を上げると、淋しそうな瞳を伏せて編み針を動かすドラセナが見えた。
「それに、亡国の王侯貴族だ。一族郎党皆殺しだよ」
ふいに雨が屋根を打つ音が響いた。
ざあざあと降りしきって、すべてを流さんと言わんばかりの激しい雨だ。
「降り出したか。今日は外仕事を早めに切り上げて正解だったな。秋の冷たい雨に降られちゃただじゃ済まねぇ」
はさみの音が響いて、ドラセナが毛糸を断つ。はらりと毛糸の端が落ちて、新しい色の毛糸が再び編まれた。
「明日は、残ってる野菜を収穫するか。雪が降るのも時間の問題だろうな」
「塩漬けしてる肉も、早いとこ燻製にしちゃわないと」
「じゃあ明日、お前は燻製用に匂い草も取ってきてくれ。あれで燻したら、本当に旨くなるんだよ。川辺にいくらでも生えてるさ、分かるだろ?」
僕は頷いて本を閉じた。
雨が降る日は暗くなるのが早い。早めに夕食も作ってしまおうと考えたからだ。
燻製は保存も効いて美味しいが、作るのには手間がかかる。
塩漬けにした肉を見ずにさらして塩抜きし、木を組んで肉を吊り下げ煙で燻す。
組んだ木の周りは、まだ落ちずに残っていたいちじくの大きくて硬い葉で覆って煙を逃がさないようにする。これはする人としない人がいる。いちじくの葉は独特の匂いがあるからだ。
また、いちじくは実も食べられる。しかし、ドラセナは決して食べようとしないし、僕にも食べないようにと何度も言い聞かせる。
果物屋の売り子をしていた人は、ドラセナに信心深い人だと笑いかけた。
その昔、いちじくは死者の世界からもたらされた死者の食べ物だったらしい。
いちじくを口にすると死者に見初められ、死者の世界に連れられてしまうのだと。
花もつけずに実るさまが、奇妙だったのだと。
今ではそれらは迷信とされていて、いちじくを口にしないのは聖職者か一部の敬虔な信者たちだけらしい。
煙が葉の隙間からもくもくと溢れだしたのを見て、畑でビーツを収穫するドラセナを手伝おうとしたとき。足元に積もっては消える白いものを見た。
冬の始まりだ。
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