冬支度
季節というものは変わりゆくものだ。
照りつける日差しが肌を焼き、草木が繁茂していた夏は過ぎた。
日差しは和らぎ、吹き抜ける風は冷たさを帯びる。
木々は実り葉を落とし、動物たちは冬に備え脂肪を蓄える。
秋の訪れだ。
そして秋に忙しいのは何も動物たちだけではない。
畑から芋なんかを収穫して倉庫で保管。
それから森に入って、ドラセナに食べられる木の実やキノコも教えてもらった。
「おい、そこだよ。違う、今持ってるのは毒がある。その隣だ」
ところが、僕は毒キノコと食用キノコの見分けがてんで駄目なようだ。
僕が取ろうとしたキノコも、ドラセナが指さしたキノコも、どちらも見かけがそっくりに見える。
半球のこげ茶の傘に、やや黄みがかった柄、白っぽいつば。
頭をひねる僕に、ドラセナがふっと微笑んでしゃがみ込んだ。
「いいか? こっちは毒で、こっちが食べれる。食べれる方はつばが白いんだ。食べれないほうは茶色っぽい」
言われてよく見比べると、確かに片方が茶色がかっているように見えなくもない。
「こんなのわかるわけがないよ」
ドラセナが指さしたキノコを摘み取りながら、僕は不満を垂れた。
頭を乱暴に撫でられる。斧や鍬を握るからか硬くなった皮膚で、あったかくて大きな手だ。
「キノコは難しいからな、ゆっくり覚えりゃいいさ。一回でできるはずがない。10年後に一人でできるようになってりゃ上出来だろ」
がしがしと乱暴で、それでいて優しい。こんなふうに撫でられたら髪がぼさぼさだろう。
でもまあ、悪い気分はしなかった。
「おし、キノコはこの辺でやめて胡桃か栗か探しに行くか。あっちの方が楽しいだろ?」
「うん。山ぶどうも探そう」
ドラセナが歩き出して、僕もそのあとを追う。
「お、いいな! ぶどう酒でも作るか?」
「ジャムか干しぶどうにする。お酒は人間の体には毒だ」
「はっはっは、手厳しいな。適度な酒は百薬の長だぞ?」
風に吹きあげられた木の葉が、晴れ渡った秋空を舞って行った。
深めの籠に石の上で踏みつけて果肉を剥がした胡桃を放り込み、川の水に浸けながら棒でがしがしとかき混ぜる。
胡桃は拾うなら楽しいがそのあとが大変だ。果肉を取り除かないといけない。
熟していれば石の上で踏んで剥がせるが、少し未熟だとナイフで剥がすことになる。
おまけに、種子の周りに残った果肉はこうして綺麗に洗わなくては腐る。
大変だ。正直に言うと面倒くさい。おまけに水は刺すような冷たさだ。
栗はこんな工程は要らない上、ほんのり甘いから胡桃よりも好きだ。
あらかた綺麗になったのを見て籠を水から上げ、一息つきながら何気なく洗い終わっておいてある胡桃に目を向けた。
リスがいる。警戒しながら近づいて、僕が洗った胡桃を3つほど持って行ってしまった。
全くだ、しかしリスもリスで生死がかかっているのだ、不満を垂れたって仕方がない。
持ってくた道具と洗い終わった胡桃をまとめたころには、陽が傾きだしていた。
早く帰らなくては夕食の支度に遅れてしまう。
今日は日曜日だから、増える一品を何にしようか。
今朝、今年最後のルッコラを収穫したから、それとジャガイモとベーコンでキッシュでも作るか。
最近は風にも冬の気配が感じられるようになったが、日が暮れると一層冷たくなる。
スープはソーセージも入れたポトフにしよう。日曜の夕食は1週間の楽しみだ。
「イチイだ、実もついてる」
木に登って巻き付いたつるに実る山ぶどうを採っていた時、視界の端に赤い実を実らせる木を見つけた。
山ぶどうを入れた籠を下で待つドラセナに放り投げて、自分も木から飛び降り服についた小枝や葉を叩き落す。
山ぶどうはまだ残っているが、すべて取りきってしまったら動物たちの分が無くなってしまう。残すほうがいい。
「イチイか。おやつにするか」
ドラセナは嬉しそうににやっと笑って、速足で僕が指さす方へ歩き出した。
ドラセナはイチイの実が好きだ。イチイはそう美味しいものでもない。
ほこりっぽくて、わずかに甘いだけ。酸味や渋みも強いが甘みもしっかりとある山ぶどうのほうが美味しいのではと僕は思う。
「種を噛むなよ」
ドラセナは横目で僕を見てそう忠告しながら、ひょいひょいと親指の爪ほどの大きさの赤い実を口へ放り込んでいる。
「僕は大丈夫だよ、毒は効かない。あなたのほうがだ」
舌で果肉を押しつぶすと、かすかな甘みが口に広がった。
やはり僕は、イチイがそこまで好きではない。
ペッと種を吐き出して、ドラセナがこちらへにやりと笑った。
この笑い方をしたときはろくなことがない。僕は思わず顔を顰めた。
「種噛んだ」
「はああぁぁあ? さっき自分で忠告しておいて?! ま、街まで行かないと……!」
イチイの実は食べれるが、種は猛毒だ。おやつにイチイの実を食べて、誤って種も飲み込んだ子供がたまに死ぬくらい。
慌てる僕をよそに、ドラセナがお腹を抱えて笑い出した。
「お前、ほんと騙されやすすぎるだろ。嘘だようそ。私が種噛むなんてバカみたいなミスするわけないだろ」
にやにやとこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、ドラセナが新しくイチイの実を口に放り込む。
「ほんとに噛んでないの?」
「当たり前だろ」
さも当然ですと言わんばかりのすまし顔をされれば、むくむくと怒りが込みあがる。
「それにイチイの種は苦くてまずいからな。せっかくのイチイの実が台無しだ。噛むわけねぇよ」
「うんそうだ、台無しだもの……? ちょっと待って、なんでイチイの種の味を知ってるの?」
「さぁなあ」
ペッと種を吐き捨てて、ドラセナが家のほうへ歩き出した。
「山ぶどうも十分とれたし、イチイも食えた。さ、帰るか」
「ちょっと、なんでイチイの種の味を知っているの?!」
森の奥に、ドラセナの愉快そうな笑い声が響きわたった。
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