街
いつも通り朝食の用意をして、いつも通り食べる。
片付けをして今日は庭の掃除でもするかと、鎌を片手に外へ向かったところでドラセナに呼び止められた。
「今日の仕事は休みだ、休み。街行くぞ」
ドラセナは背負い籠に、いくつか自作の装飾品を放り込んで森へ入った。
迷いのない足取りだ。僕もそのあとを追う。
薄々勘付いてはいたが、この家は相当森の深い場所にあるようだ。
「私は町ではベッキーだ。お前は私をお母様と呼べ、私の養子と紹介する」
歩くのに合わせて、赤茶の髪がゆらゆら揺れる。
木漏れ日を草が浴びて輝き、小鳥がさえずり、木々が騒めく。
遠くに水音がする。川があるのだろう。見上げれば木の葉の隙間から晴れ渡った青い空が見て取れた。
「あなたの名前はドラセナではないの?」
ドラセナはこちらを振り向いて、目が合った。
「ドラセナだよ、サンデリアーナ・ドラセナ。私の名前だ。ただ私は街じゃお尋ね者でね」
「何か犯罪でも犯したの?」
「ま、そんなとこだ」
サク、パリ、と落ち葉を踏む子気味いい音が響く。
遠くの水音が嫌に大きく聞こえた。蝉も歌っている。
「僕はあなたの子供ではないし、人間でもない。養子とは血はつながらないが自分の子として引き取った子供のことで、母親は女の親のことだ。僕は生物学的に考えてあなたからは産まれない」
「知っている」
風が木々の隙間をぬって吹き抜けて、髪がざあと吹き上げられた。
「人間のふりをしろと言っているんだ」
「なぜ?」
小鳥が近づく人間を見止めて飛んでいった。
「動いて喋る人形なんて存在しないからだ」
小鳥の鳴き声が遠くに響いた。
街は賑やかだった。あの家の賑やかさとは違う。
あの家は、薪のはぜる音や動物、鳥の鳴き声、それから風に揺れた木が騒めく音がいつもする。遠くで川の水音も聞こえる。
しかし街では、人々の喧騒のほうがよく聞こえた。
街の端に流れる小川の水音はあるが、それだけだ。
ドラセナは街で小麦粉をはじめとした、あの家では手に入らないものを自作の装飾品と交換した。
小麦粉を麻袋に2つ分買い背負い籠に載せて、掛け声とともに店員が持ち上げドラセナが背負う。
「僕が持つよ。重いんでしょ?」
ドラセナはちらっと横目で見降ろして、目線を戻した。
「いやいい。お前は自分の見た目を知ってるか? 白くて腕は細い。体つきも華奢だ。到底これを持ち上げられるようには見えない」
「でも持てる」
「見かけの問題だ。できるかどうかじゃない」
植物油を買った。あとは砂糖と塩、香辛料も少しばかり。
肉や魚も買った。塩漬けや干し肉、燻製なんかの日持ちするものだ。
ぶどう酒も買った。それから服と本をすこしばかり。
買ったものは宿屋の主人に預けた。ドラセナと親しい宿屋の主人が格安で場所を貸してくれるらしい。
「人は、物の代価にお金という通貨を要求すると聞いた」
昼食の、中に肉や野菜の細切れが入った平たいパンを頬張っていたドラセナがこちらを見た。
「別に代価がお金じゃなきゃいけないわけじゃねぇ。私みたいに物々交換をしたっていいし、労働を対価にしてもいい。要はお互い損のない取引になりゃいいんだ」
僕はハーブがよく効いていてなかなか美味しいパンにかじりついた。
中に物を入れて包むというのは思いつかなかったが、食べやすいし美味しい。
次の日曜にはこんなパンを作ろうか。ハーブは何を使っているのだろうか。セージは入っているだろう。
「食ったな? 行くぞ。野菜の種が見たい」
頷いて立ち上がり、歩き出そうとしたところで背後から声が掛けられた。
「あらっ、ベッキーさんじゃないの! 久しぶりね、そちらの子は?」
振り返ると、物腰柔らかで優し気な雰囲気の老婦人がにこにこと明るい笑顔を浮かべていた。
「ラダン夫人、お久しぶりです。この子は最近養子に取った子で、アリウムと言います。ほら、アリウム、挨拶しなさい」
僕より一歩前に出たドラセナが、僕の背に手のひらを当てて促すように押した。
「アリウムです。初めまして、ラダン夫人」
「まあまあまあ! アリウムちゃんね。可愛らしいわぁ。とってもお行儀良い子ねぇ、美人さんだし、将来が楽しみねぇ」
ドラセナがにこりと人好きのよさそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、アリウムも喜んでいますよ」
「けどねぇ、ベッキーさん。女の子にはかわいい服を着せてあげなくちゃ。アリウムちゃんの服は可愛らしいというよりもかっこいいといった感じよ。注文してくれたらアリウムちゃんにピッタリのワンピースを仕立てるわ」
ドラセナが僕の頭をぐりぐりと撫でる。
「いやぁ、ありがたい話ですが、料理や農作業で汚してしまいますから。アリウム、ラダン夫人は針子なんだ。デザイナーのようなこともできる多才な方だよ」
「ほめ過ぎよ、真似事だもの。アリウムちゃん、今度街に来るときはうちに寄りなさいな。仲良くなった印にかわいい服をひとつプレゼントしてあげる。あなたのお母様、いい人だけど細かいところにまで気が配れないのよね。」
ラダン夫人の言葉に、ドラセナは苦笑を浮かべながら面目ない……と頬を掻いた。
「かわいい服を着ると女の子は気分が上がるものよ。髪も伸ばしたほうがお嫁に行きやすいわ、長くて美しい髪は美人の証拠だもの」
オレンジの入った籠を手に提げて、ラダン夫人は鼻歌を歌いながら去っていった。
「ねぇお母様、僕はどちらかと言ったら男なんだよね?」
「そうだが、何か?」
「ラダン夫人は僕が女に見えたの?」
ドラセナがくるりと振り返って歩き出す。
「ま、お前華奢だしな」
「なんでもっと男らしい体つきにしなかったの?」
「さぁ、なんでだろうなぁ」
くつくつとドラセナが笑っているのだと分かった。
街を歩くドラセナは楽しそうだった。
言葉遣いは丁寧だし、人当たりもいいし、街の人もドラセナを悪くは思っていないようだ。
ドラセナは、優しい。そして面倒見もいい。
なぜ森の深くに家を構え街では名前を変えなくてはいけないほどのことをしたのか、僕にはわからなかった。
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