僕は人形、あなたは人間
書くか迷いましたが言いたいので言わせてください。
ブックマークくれた方、ありがとうございます。
私の作品の続きを読みたいと思ってくれた方がいると知って、本当に嬉しいです。
ぱちりと目を開ける。窓の外はまだ暗い。いつも通りだ。
僕は藁に布をかぶせたベットから起きて、ランタンのつまみをまわし明かりをつける。
このランタンには、光輝石という石が使われている。
光輝石は、圧力を加えると光る石だ。明るさは大きさに比例する。
光輝石の光は蝋燭や暖炉のように揺らめくことはない光だ。
僕は引き出しから櫛を取り出して髪を解く。
ぶどうで染めた薄い紫の髪。
この髪は絹糸だ。絹糸を洗う時は気をつけねばならないことが多くある。
僕は以前それを知らずに水浴びをした。当然髪は縮み、毛羽立ち、ブチブチに千切れた。
それを見たドラセナは、お腹を抱えて大笑いしながら新しく髪を植えてくれた。
水に強くなるように加工をしたらしい。だから今の髪は本物の髪と同じように扱える。
髪が解けたらランタンを持ち、キッチンへ向かう。
僕の1日の一番始めの大事な仕事をするために。
火鉢に残っていた火種を取り出して、竈に入れる。
枯れ葉、小枝、太い枝の順に入れて火を大きくして、いくつか薪を放り込んだ。
竈はこれでいい。
麻の袋を開けて小麦粉を取り出す。だいたいこの椀に2杯くらい。
小麦粉はそのまま使わない。必ずふるいにかけるのだ。
ふるいにかけて、小麦の殻や大きいかけらを取り除く。
これをしないとパンを食べた時に口に残ってしまうらしい。
僕は気にならないが、ドラセナは気になると言っていた。
種と少しの塩と水を加えたらこねていく、しっかりと体重をかけて。
こねあがったら硬く絞った布巾をかぶせて発酵させる。
少し前までは竈のそばの温かい場所で発酵させたが、最近は暑くなり始めたのでどこでも発酵させられる。
発酵させる間にもやることはある。
まずは種の継ぎ足しだ。小麦粉に水を混ぜたものを種が入っていた瓶に足して、スプーンでかき混ぜたら棚に戻す。これで明日もパンが焼ける。
次は水くみだ。水瓶に残った水を桶に入れて、ランタンの灯りを頼りにそばのハーブへ撒く。
そしたら井戸から水をくみ上げては大きな水瓶が満杯になるまで運ぶ。
竈の様子を見てやることも忘れずに。
水くみが終わったら朝ごはんのスープを作る。
小鍋に水と適当な野菜を入れて煮込み、塩で味を調えただけの簡単なスープ。
今日はレンズ豆を使おう。レンズ豆を加えた鍋を火にかけて、昨日の夕方に収穫したナス、保存してあった玉ねぎを加える。
パン生地を6つに分けて丸く整え、少しだけ休ませたら竈へ入れる。
そこまで済めば、あとは火の様子を見ながら待つだけだ。
椅子に腰かけてぼうっとしながら待つ。
パチパチと薪がはぜる音が耳に心地よい。
ゆらゆらと揺れる明かりが面白い。
ふと窓から光が差し込み、窓辺のガラスの花瓶に入った水が光を受けてきらめいた。
目覚めた小鳥がさえずり、朝日を受けた植物は色めく。
きらりきらりとすがすがしい空気が輝きながら朝日が昇る。
夜明けだ。
「ふわあぁあ、はよ、アリウム」
ネグリジェのまま、目を擦りながらダイニングへ来たドラセナを確認して、椀にスープをよそう。
焼きたてのパンは籠に載せて、テーブルへ運ぶ。
僕が席に着くと、ドラセナは手を組んで祈り始めた。僕も祈る。
「いつもありがと。パン焼きに水くみに、大変な仕事ばかりさせてごめんな」
スープから目線をあげると、ドラセナと目が合った。
「僕はあなたと違って睡眠も必要ではないし、疲れないから」
ドラセナはふっと微笑んで、目線を手元のパンに落とした。
「それでもだよ。ありがとう」
人形は、物だ。人じゃない。
動くなら、それは道具だ。所有者が楽をするために道具を使うことは当たり前。
そこには感謝など必要ない。だけれども、人間は時々無駄なことをしたがる。
「どういたしまして」
感謝されるというのは、気分のいいものだ。
朝食の片付けを終えて外に出ると、着替えたドラセナが籠とナイフを持って畑へ向かうところだった。
「僕が行く。あなたは休んでいていい」
ドラセナは面白そうに瞳を細めて、片手をひらひら振りながら畑のほうへ歩いて行った。
「薪でも割っとけ。終わったら家で勉強してろ」
「あなたは人間だ、人間は働けば疲労を覚えるし、消耗する。僕は違う。なら僕がやる方が効率的だ」
ドラセナがこちらを向いた。
「あのなぁ、働くなって、じゃ、私は何しときゃ良いんだ? ずっと寝とけとか言わねぇよな? 寝るのはあんま好きじゃねぇ。それに、お前ひとりにやらせてちゃ時間がいくらあっても足りん。力仕事代わってくれるだけでありがたいよ」
僕が納得できないまま、ドラセナはこれ以上言うことはないとでも言わんばかりにさっさと行ってしまった。
僕は斧を手に取って、薪を割りだした。
薪と言っても、割らなくてはいけないほど大きなものはあまりない。
ほとんどは、近くの森で枯れた枝や邪魔な枝を落としたものだ。
割らなくてはいけないほど大きなものは木を切り倒したということ。
毎日使う薪のため木をいちいち切っていては森が持たないし大変だ。
それに森は人の物ではない。動物たちのものだ。
人間はその豊かさを分けてもらうだけ。動物たちの物を奪って荒らせば手痛いしっぺ返しを受ける。そう習った。
薪を割り終えて昼食の材料を受け取りに畑に寄り、家へ帰る。
頃合いを見ながら昼食のスープを用意しつつ本を読む。
この家にあった辞書や図鑑はもう読み終えた。
今はドラセナが趣味で集めた技術書や創作物、手記なんかを読んでいる。
今日の昼食はトマトとセロリのスープだ。
食事の献立はいつもパンとスープ。スープがポタージュやシチューの時もあるが主食のパンと、野菜や豆が入ったおかずのスープ。それだけは変わらない。
ただし、日曜の夜だけは一品増える。スープにも肉が入る。パンが卵やバターを使ったものの日もある。
これは僕が動けるようになる前から続くドラセナの習慣だ。
出来上がったトマトのスープに、すぐそこのハーブ畑から取ったオレガノをひとつまみ揉みいれる。
オレガノの香りはすがすがしい。爽やかだ。暑い日にこそふさわしい。
ところで、人間には男と女がいる。
ドラセナは恐らく女。髪が長いから。では僕はどちら?
僕の髪は短い。なら僕は男? そうとも言い切れない。
身分が低ければ髪が短い女もいる。なぜならば長い髪は手入れが大変だし、綺麗な髪は高く売れるから。
僕は人形だ。人間のように、手入れが大変な髪を長くしておく必要はない。それこそ無駄だ。
「ああぁぁ、あっつ。もう夏じゃねぇか。腹減っ、た……?」
机いっぱいに広げた解剖書や医学書から顔を上げれば、ぽかんとマヌケな顔をしたドラセナと目が合う。
「どうした? なんかわからんことでもあるのか?」
「服を脱いで」
「あ? ヤだよ。死にてぇのか?」
地を這うような低い声。上から僕を見下す目はギラリギラリと輝く。
身に着けている緑の宝石が怪しく揺らめいた。
冷ややかで、僕が初めてみるドラセナの表情だ。
「僕は何か間違えた?」
「とんでもねぇ間違いをしたよ。てめぇが人形じゃなきゃ、今頃首と体は泣き別れだな」
僕は自分の体を見下ろした。
ドラセナがくれたズボンと上着、それからローブ。腕には銀の装飾品が付いている。
「泣き別れって?」
「死ぬってことだよ」
ふぅんと僕は頷いた。死、死か。
「僕は死ぬの?」
「いんや。お前の核は赤心石だ。お前の自我もそこにあるんだろう。壊しても壊れねぇよ」
赤心石、決して壊れない石。壊しても元に戻る石。
色は薄桃から血のような赤まで。結晶の形はハート形、心の形。だから赤心石。
「何が分からねぇんだ? 言ってみろ」
僕はドラセナを見上げた。いつもの顔に戻っている。
「怒ってないの?」
「脅しただけだ。で? 何が分からねぇんだ?」
手元の解剖書は、人体のデッサンのページ。内臓がとても緻密に描かれている。
「あなたは女?」
「当たり前だろ」
「僕は?」
「骨格は男を参考にした。顔は女っぽい。人形に性別はない」
「じゃあどっちなの?」
ドラセナは顎に手を当てて考える素振りを見せる。視線が宙を向いた。
「たぶん男だ。でも顔や手足みたいな服から出てくる部分以外はそんな精巧に作ってないからどっちでもないかもな。材料が足りなくて大人の姿ではないし、女でも通るだろ」
僕は自分の顔や胴をペタペタと触った。
確かに胴体は服を着て不自然に見えない程度にのっぺりとしたものだ。
このデッサンと同じように細部まで精巧ではないし、僕にないものもある。
へそとか、毛とか、他にもいろいろ。
「なぜ骨格と顔でモチーフを変えたの?」
「女の顔のほうが見ていて気分が良いからだ。体を男にしたのは女はめんどくさい生き物だからだ。特に深い理由はねぇ。なんとなくだよ」
なんとなく、何となくか。まあ人形なんてそんなものなんだろう。
机に広げた本を片付けながらスープは冷めていないだろうかと考える。
「今日はトマトとセロリのスープ」
「お、トマトのスープ好きなんだよ。あ、あと」
呼び止めるドラセナに応えるべく、僕は本を抱えたまま顔だけ振り向いた。
「さっきの答えに釈然としないなら私の趣味だとでも思っとけ。納得だろ?」
そうか、シュミなのか。
「シュミってなに?」
「お前、ほんとに辞書読んだんだよな?」
「辞書に載っていた趣味の定義と例文に合致しない使われ方をした。別の単語の可能性もある」
書きながらですので更新は不定期です。ご了承ください。
なるべく間隔があかないようにします。
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