再びの逃亡
もはやここには居られない。
洗濯機を途中で止め、ぶちこんだ洗濯物をごみ袋に詰め込み、出来る限りの荷物をまとめ部屋を後にした。
昨夜とは反対方向に車を走らせる。
高速の乗り口はそちらが早いがそんなこと言ってる場合ではない。とにかく遠くへ逃げるしかない。仙台空港を目指そうか、いや、塩釜から沿岸沿いを通って北上する方が良さそうだ。車での移動と、何より慣れている方が何かと逃げやすいだろう。
しかし、本当にそれで本当に大丈夫か?実家はマークされている可能性が高い。
...考えている時間も勿体ない。まずはアパートを離れるべきだ。塩釜まで行けば遠縁の親類が社長をやっている中古車屋がある。実家に戻るより、まずはそこを目指そう。マークは実家よりも手薄のはずだ。
車に満載した荷物が音を立てながら崩れているが、そんなことお構いなしに塩釜へ向かう。警察車両を見る度、ビビりながら、速度注意しながら、急ぐ。
中古車屋に着いた。この車も、この中古車屋で買ったものだ。社長が不在でも従業員は全員顔馴染みだ。
こんにちは。社長居ますか?
お、久し振り!どうしたの?社長は海だよ。
ここの店舗とは別にヨットのレンタルや整備も請け負っている。一族の中では最も大成した1人だろう。
そうですか。
私はその後に続く言葉を用意していなかった。ここで車を変えれる手筈ではあったが、よく考えればそれもまた怪しまれる。下手にここに立ち寄ってしまったな。そう思った。
何かあった?車調子悪い?
車...そうですね。買って以来何も整備とかオイル交換とかもしてないので、見てもらえますか?
オッケ。じゃあちょっと待ってて。何飲む?コーヒーで良い?
あ、はい。ブラックで。
オッケ。
荷物が多いがどうしようか迷ったが、どうしようもない。そのままにしておこう。聞かれたら、ちょっと実家に帰るところとでも言っておこう。
いや~それにしても久し振りだね。元気してた?
コーヒーを持ってきた従業員。名刺を首から下げている。後藤和正と書いてある。
顔見知りではあるが、人の名前までいちいち覚えていない。名刺を下げているのは助かる。
そうですね。1年前ですからね。
後藤さんも変わらずですか?
質問に質問で返すのは無礼だろうか?と思ったが、気持ちは上の空である。社交辞令のように言葉が先んじる。
お、そういう言葉を覚えたか。少しは成長したね。あの時はまだ、社会人入りたてって感じだったのに。
息子の成長でも見るように言葉を掛けてくれる。社交辞令だろうが、今はそれだけで心強く感じた。
佐々木さん、ちょっと荷物多いんで出して良いすか?
整備の山ちゃんこと山田さんが事務所に入りながら言ってきた。
あ、荷物多いと思うんで、俺下ろします、すみません。
まぁどうせあの荷物の量だ。遅かれ早かれ何にしろ怪しまれる。どうにでもなれだ。
半ば自棄糞になりながら荷物を下ろす。後藤さんがその様子を見て
どんな荷物だよ(笑)引っ越しでもするの?
実はそうなんですよ。言い出せずにいたんですけど、それで大きめの車が無いかと思って(笑)
それならハイエース貸してやれよ山ちゃん!古いのあったべ?
口をついて出た嘘が思わぬ形で好転した。これで車を変えられる。
山ちゃんがハイエースのある少し離れたところまで私と車で移動してくれ、荷物の積込までしてくれた。
こんないい人達を騙す気は更々無いが、今は何も言わずこのまま車を借りておこう。
私は後藤さんと山ちゃんに礼を言い、塩釜を後にした。