遠藤平吉
待たせたな。岡田も史郎も、見事にあんたに協力しちまったからな。出ざるを得なかった。
お前が基本なのか?さっきの奴は?
俺が基本だ。さっきの奴は、いつも俺が抑えている感情の塊みたいなもんだ。錯乱状態になる前に、奴で発散するのさ。
奴の名前は?
同じさ。平吉。
基本は俺。そして最初に奴が出来た。次に史郎、次に岡田。全部で4人。それが俺の人格の謎だ。
では何故、佐々木史郎で戸籍が登録されているのだ?基本は史郎ではないのか?
山下が問う。
基本を史郎にしてたのは、世渡りするには都合の良い人格だったからだ。誰からも愛され波風立てないように過ごせるのは史郎だったからな。
では戸籍上の改名でもしたのか?そんなことは家裁も調べたが痕跡はなかったぞ。
おいおい。そんなことしなくても人格が変わるんだ。分かってないようだな山下さん。戸籍上の名前は佐々木史郎でも、中身は遠藤平吉であり、佐々木史郎でもあり、岡田でもあるんだ。戸籍上の名前など意味をなさない。
山下は少し深呼吸をする。
家路が静かに遠藤に聞く。
一人一人に名前の意味はあるのか?
ある。言ってた通り、江戸川乱歩の怪人二十面相からさ。好きだったからな。あんたも好きだろ?家路さん。
岡田は?
あいつは岡田以蔵からだ。幕末の人斬りで有名な。
随分子供じみた名前だな。
まぁな。子供の頃名付けたからな。
最近ではないのか?
ああ。史郎が成長するにつれて岡田の存在も同じく成長したからな。岡田という名前の前は、「史郎の奴」だった。めんどくさいからそれらしい名前をつけただけさ。
ちょっと待て。何故今、家路が江戸川乱歩好きだと分かった?
薄ら笑いを浮かべながら男は言った
俺が基本だからさ。岡田に話しただろ?遠藤平吉の話。今までの人格に話しかけてきた言葉はいちいち俺にインプットされるんだ。
なるほど。それでアウトプットはあんなに乱暴なのか。
そうじゃなきゃやってられないからな。一度に4人分の情報処理をするんだ。心のなかでずっと史郎は不安がっているし、もう1人は飯の事、俺は完璧主義。どこかで爆発しなきゃないだろう?
なるほど。とんだ完璧主義だな。
家路は少し意地悪く言ってみた。挑発に乗るかどうか試したのだ。
それはどういう意味だ?
完璧主義ならもう少しまともに殺人をしろと言ったのだ。
挑発に乗りそうだと分かった家路は更に挑発する。遠藤の表情は変わらないが、プライドを傷つけられていることは後ろで聞いている山下にも分かった。
聞き捨てならないな。まともな殺人とは何だ?殺人に、まとももクソもないだろう?
それは、自供したと捉えていいのか?
山下が横槍を入れる。
何の事か分からないな。殺人にまとももクソもないだろうと言っただけだ。
しらばっくれるな!お前があの夜ネットカフェで一を殺ったのだろう!?
あの夜?何の事だ?
家路が山下を宥める。まだその状況じゃない事を山下に諭した。山下は深呼吸をして後ろを向いた。それを見て家路が遠藤と対峙する。
順を追って説明しようか?それとも史郎や岡田の時に話を聞いていたから充分か?
充分だ。その話は嫌になる程聞いたからな。話しても新しい情報は特にないぞ。
そうか。
では何故、お前はここにいると思う?
捜査ミス。
貴様!
山下は自分の言動がこの場に合わないと踏んだ。深呼吸をしながら後ろの扉から出て行った。
隣部屋からガラス越しに遠藤と家路の様子を見ながら、それでも山下は立ったり座ったり落ち着かない様子で居た。
遠藤に自供させる為にはどう整理して落とすか。まだ密室のトリックも何も解明してないのだ。しかし、遠藤の言動にいちいち腹を立てている自分がその場に居ては、返って邪魔になる。家路に任せるしかない。
家路は訥々と話し始めた。