バイトの先輩
俺はバックヤードに引っこみ、パイプ椅子に腰を下ろし、休憩していた。
5分程経った頃に、休憩スペースに入ってきたバイトの先輩——八津池澪李が声を掛けてきた。
「お疲れ〜鷹槻くん。もう慣れた?」
「八津池先輩、お疲れ様ですっ……覚えてはきましたけど、もう少し掛かりそうです」
俺は緊張しながら、彼女に返答した。
「そうかぁ。鷹槻くん、その先輩はやめてよ。鷹槻くんって高校生じゃん?友達とか……出来た?」
八津池はウルフカットの黒髪の左サイドの毛先を弄りながら、訊いてきた。
「先輩っていうのが良いです。話せるクラスメイトは何人か居ますけど、友達となると……」
「そうなんだ……私が鷹槻くんとクラスメイトだったら、友達になりたいって思うよ」
「えっ、今なんて——?」
「なぁーんでもっないよっ!鷹槻くんって、好きな娘とか居る〜?居ないなら、どういう娘と付き合いたいかを言って?」
彼女は聞き返され、可愛くとぼけ両腕を背後に隠し、話題を変えてきた。
「確か、気になることが……気になる女子は、居るには居ます。せっ……先輩は、好きな相手とか……いっ居るんですか……?」
「へぇ〜そうかー、居るんだ。私も……居るは居るよ」
俺らは恥ずかしながら、カミングアウトをした。
彼女が意外にもあっさりカミングアウトをして、驚いた。
彼女にセクハラだと声をあげられたら、始めたばかりのバイトが気まずくなるのは必然で、返答が聞けたのは不幸中の幸いだ。
「……」
「……っ!黙らないでよ、なんかいってくんないと恥ずかしいって!」
恥ずかしさで震わした両手の拳を見せ、可愛く憤慨した彼女だった。
「ご、ごめんなさい……セクハラとか言われて聞けないとばかり思ったので」
「隠さず話してくれたから言ったの、私。それでさぁ……キミって、ムラムラしたらどうしてる?」
「先輩ぃっ!?いきなり何を言いんだすんですか?そんなのぅ……」
俺は彼女に聞かれ、躊躇していると、休憩スペースの扉が開き30代くらいの男性の先輩が俺らに業務に戻るように声を掛けられた。
「八津池さんと鷹槻さん、そろそろ持ち場に戻ってほしいんだが」
「はぁいっ、分かりましたー」
「すみません、今行きます」
俺と彼女は休憩スペースを出て、店内へと向かう。
俺は就業時刻になり、バックヤードに引っこみ、男性の更衣室に入室し、帰り支度をした。
スマホにSNSのアプリのメッセージが届き、驚いた俺だった。
『危ないから送ってほしいな〜』
八津池からだ。
俺は『分かりました』と返信して、更衣室を出て、バックヤードの事務所に居る従業員に挨拶をしてから、外に出る。
八津池の姿はなく、15分程経ってバックヤードから彼女が出てきた。
「待たせてごめんね。てっきり送ってくれないかと思った」
「八津池先輩にもしものことがあったら、いけないですから。答えないとダメですか、アレ?」
「ふふっありがと。答えられないなら、また別の機会に聞くから無理に言わなくて良いよ」
「まあ……アレな動画を観ながら、自慰をってやつです。聞いて何になるんですか?」
「鷹槻くんはどうしてるかな〜って興味があって聞いたの。ジャンルで言うと何系を観てるの?」
「それは流石に……他の話題にしませんっ?」
「うぅーん……そうだね、じゃあ——」
俺は夜道を八津池と歩き、雑談を交わしていく。
無事に八津池を送り届ける場所に辿り着き、彼女と別れ自転車に乗り、帰宅した。
俺をリビングで迎えたのはソファーで身体を横たわらせ、占領している大学生の姉だった。
スタイルだけが良い怠け癖の付いた姉は色気の無いシンプルなキャミソールを着ており、はだけて腹を露出させていた。
「腹ァー見えてんぞ」
「見んなーぁ、変態クソ弟ぅー」
「見ても何も思わねぇつぅーの」
ソファーを空けない姉にムカついて、隠さないでいる腹を脚でグリグリ踏み出した俺だった。
「痛てっ……臭くて汚ねぇ脚で踏むんじゃねぇよ!」
姉は不機嫌に顔を歪ませ、怯む程ではない低い怒声を俺に浴びせた。
「踏まれたくなきゃどっちかに寄れよ、クソ姉貴っ!」
「痛てっやめぇ、退くから脚で踏むなってんだよ!」
俺がソファーに身体を沈め、寛ごうとしたら、姉の反撃に遭った。
「私は歳上だぞ、敬うのが常識だろうがっ!」
「姉貴を敬うだーぁあ?敬われることしてから言えってんだ、クソ姉貴ぃーっ!」
「んだとぉ〜っっ!」
くだらない姉弟喧嘩は、日常茶飯事で長々と続くのだった。