モモさんと採用活動をしよう
次の日、モモさんが俺のデスクにやってきた。角に脛をぶつけてひゅっと息を呑んでから、どうにかあのふわりとした笑みを浮かべる。
「氷上社長、五分ほどいいですか?」
「何」
俺は迷ってから手を止めて顔だけモモさんの方に向けた。普段社員が同じことをしたなら顔も向けないんだけど、まあモモさんは契約できてるし、──かわいいし。
「採用に関しての打ち合わせがしたいんですが、いつがお手すきですか?」
「は? ……そういうの、任せるためにそちらさんを呼んだつもりだけど。RankedInのリストも送っただろう」
「ええ、彼らには打診済みで、すでに五件返信がありました。……皆さん今は別のことを優先されるそうです。どうやら当社の人材流出は既にネットで有名らしく。イメージを変えるために方針から練り直すべきかと」
「分かった、分かったよ。カレンダーの空いてる時間に入れといて」
「ありがとうございます」
モモさんはにこっと笑った。
この笑顔、どうも勝てないな……。
†
モモさんは、テーブルに広げた会社説明の資料を指差した。そこにはやりがいとチャレンジができる環境、当社のウリである技術力について書かれている。
「今のメイン顧客は営業課長の奥さんのところなんですっけ」
「そうなるね。官公庁、自治体向けの案件」
「それを請けているのは、日本の社会をよくしたくて?」
「は? なんでそうなるの?」
顧客の求めるものを求める以上の、最高品質で提供するのがプロ。うちはそういう会社だ。なんのためにこの技術を使うかはクライアントが決めること。さすがにヤクザ用のシステムは請けないけど。
「じゃあ、技術を活かして身内が繁栄するため……つまり、社員のため、とか」
「だから『社員を大切にする会社です』って書こうって? 甘えたやつが入ってきそうだね」
「社長はご自分のコピーみたいな人に来てほしいんですね」
「ああ、そうなりゃ最高だね」
†
それからモモさんはこの会社が立ち上がった経緯や俺が社長になった理由なんかを聞いてきた。俺は二代目社長だ。役員採用で技術部部長を三年した後に任命された。前社長は株を売って老後を悠々自適に生活している。俺も株は持ってるけど、大株主のファンドが別にあって、要するにいつでも切られる可能性のある雇われ社長である。もともとは仮想OSシステムの輸入販売と、付随する開発事業から始まって二百人規模まで成長した会社だ。インフラ部門、技術部門、開発部門と分業しているのが特徴的だったけど、十年くらい前からオープンソースがメジャーになってきたせいで、余った人手を人材派遣していたりする。できれば新しい基盤ソフトのデファクトスタンダードを作ってライセンス販売事業をやりたいところだが、作れるレベルの技術者が少ないのが困りどころ。
まあ、細かい話はいったんいい。
「この会社が発展していくことで、社会にどんなメリットがありそうですか?」
「……デジタル技術の革新こそが確かな社会貢献だろう」
何を当たり前なことを、というつもりで睨んだが、モモさんの温かな笑顔は崩れない。
「いいですね。あなたらしいというか。ではデジタル後進国日本を牽引する技術者集団、そんなキャッチでいきましょう。ちなみに社内の技術勉強会等はどういう形で開催を?」
答えづらい話題が過ぎ去って、少しほっとした。
「隔月でやってるよ。次は来週……見たい?」
「ええ、もちろん。ついでに、広報用の写真も撮らせてください」
モモさんはカメラのジェスチャーをしてにっこり笑った。