第18話 メイド修行、改めレシピ研究②
「あらルナちゃん、朝の仕込みのあまりの人参いるさ?」
「キュ」
「ルナさん、撫でてもいいですか?」
「キュ」
ルナがペットになってから数日。驚くべき速さでルナは屋敷に馴染んでいた。使用人たちからの人気はすごく、ルナの寝床のそばには毎日のように野菜や果物が供物のように置かれていた。さらにフレアがルナのことを気に入っているということがルナの立場に拍車をかけた。
私は馴染むまでに二ヶ月もかかったというのに……いや、そもそも人間とカーバンクルじゃスタートラインからして違うのだ。方や食糧、方や森の精霊なんて名前がつくアイドル的存在。その差は歴然だった。唯一の救いはルナが私に懐いてくれていることだろうか。
「それではルナ、私は仕事に行ってくるのでおとなしくしていた下さいね」
「キュウ」
私の言葉に返事をしたものの、ルナが部屋で待っていることはないだろう。名前を決めていこう、顔に乗ってくることは無くなったが、相変わらず仕事についてくる。しかも私に気づかれないように屋根の上や窓の外を通ってくるのだ。気づいた頃には私の足元で昼寝を始めていたこともある。最初のうちは見つけるたびに部屋へ戻し、警戒を重ねていたが、それが無駄だとわかってからは私も放置している。
ルナも一応線引きはしているのか、私の仕事を邪魔することはないし、時には手伝ってもくれる。本当に頭のいいうさぎだ。
「メアリーさん、おはようございます」
「おはようございます、マシロ。それでは今日も始めますか」
「はい、よろしくお願いします」
今日はフレアが月花樹の元へ行っているのでレシピ研究だ。調理室に着くと、ルナは窓際の日当たりのいい位置へ陣取り、昼寝を始める。本来調理室に動物を連れ込むこと自体どうかとも思うが、大人しくしてくれるのでとりあえずよしとする。
私たちが今やっているのは隠し味の研究だ。数日前フレアに感想を聞いた時に「何か足りない気がする」といっていたので、追加の食材を探すことにしたのだ。
「奥様は屋敷の食糧庫から食材を選んでいました。使われた食材はここ周辺で手に入るものに限られるでしょう」
「では食糧庫を見に行きますか?」
「……いえ、現在では仕入れていない食材の可能性もあります。私は旦那様に頼んで過去の資料を閲覧許可をもらってくるので、食糧庫はマシロの方でお願いします」
「わかりました」
今日の方針が決まった私たちは早速行動を始めた。私は調理室に併設されている食糧庫へ立ち入る。中には青果類をはじめ香辛料、小麦粉、肉などが並んでいた。食糧庫の中はひんやりとしていて、途中まで一緒に来ていたルナがすぐに引き返していった。
「……本当に私の願いを叶えてくれるのかしら」
つい先日あのうさぎへつけた名前の意味を思い浮かべる。まあ嫌がらなかったとはいえ、名前に願いを込めたのは私の勝手なのだから叶えてもらえなくても文句は言えないか。そんなことを考えながら食糧庫の奥へと進んでいく。
「この中で隠し味と言ったら……香辛料か果物でしょうか?」
まず私は香辛料の置かれた棚を見る。いつも使っている砂糖は台所の調味料店の中にあるためここにあるものを見るのは初めてだ。
「胡椒にナツメグ、これはシナモンですか」
さすが貴族の屋敷だけあって色々な香辛料があったが、刺激の強いものが多く、あまりスコーンに向いたものはなかった。ひとまず目についたシナモンだけ手に取り続いて果物の棚へ向かう。
「りんごに桃にレモン……どれもありえますが使うとしたらどちらかと言えばジャムですかね?」
そう思い私は食糧庫を見渡すと、少し離れた棚に大量の瓶が置かれた棚を見つけた。棚の前まで移動した私は何か使えるものはないかと探し始める。
「と言ってもジャムはお嬢様にスコーンをお渡しする時にいつも一緒にお出ししていますし……」
そう思いいつも一緒に渡しているジャム類は除外して探す。しばらく見ていくと色々と使えそうなものが見つかった。
「これはハチミツですね、生地に混ぜて見ますか」
そう言ってハチミツの瓶を手に取る。他にも何かないかと周囲を見渡すと。発酵食品が置いてある一角で目が留まる。
「チーズですか……メアリーに聞いてみましょう」
片手にチーズ。もう片方の手にシナモンとハチミツの小瓶を持った私は食糧庫を後にした。
**
「シナモンは美味しいけどやっぱり違うわね」
「私のはどうですか?」
「チーズの味しかしないわ。量を加減しなさい」
戻ってきたメアリーに見つけた食材を見せ、チーズを使うなら胡椒も使えるとのことで追加で食糧庫から持ってきた私たちは一通り作ってみることにした。資料の閲覧許可は少し時間がかかるとのことなので、今回は私が見つけた食材で作れるものだけだ。全てのパターンを試した後、ちょうど戻ってきたフレアに試食をしてもらうも、ダメ出しを食らった。
「では味はともかく方向性はどうですか?」
「私の記憶の中にある味はこんな主食じみた味じゃないわ。もっとまろやかな感じよ」
「ではこちらのはちみつはどうでしょう?」
「……確かにまろやかだけれどこれも違うわ。もっと爽やかさがあった気がする」
「爽やかさですか……過去の購入記録に期待するしかないですね」
「というかあなたたちなんでそんなにお母様の味を再現したいのよ」
はちみつ味のスコーンを片手にフレアが私たちへ質問する。それを聞き「言ってなかったのですか?」という表情でメアリーが私をみた。そういえばフレアに理由を話すのを忘れていた。
「せっかくお嬢様のために作るのですから、お嬢様にお喜びになって欲しいじゃないですか」
「――だそうです。私はマシロの料理修行の一環でそのサポートをしています」
「……そう、ならせめてまともな味のものを作りなさい」
「うぐ」
痛いところをつかれた私は呻き声を上げるとフレアは「ごちそうさま」と言って席を立った。
「……また美味しく作れませんでした」
「それでも上手くなっていってるとは思いますよ。ほら」
「?」
メアリーが机の上を見る。そこにあったはずの私とメアリーのスコーンは1つもなく、部屋を出るフレアの手にはスコーンの乗った皿が2つあった。
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