第12話 メイド服と月下樹
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目覚めるといつもとは違うでも何となく見覚えのある天井だった。ふかふかとしたマットレスと天外は食客時代の部屋を思い出させるが、あの部屋のものより意匠に手が混んでいるように見える。
「……目、覚めたのね」
「ここは……」
「私の部屋よ」
ベットから起き上がる私にフレアが話しかけた。彼女の後ろに設置された机には月花樹の苗がある。フレアが起きてくるまで部屋の前で待ってようと思っていたのだが、どうやら眠ってしまったようだ。
「ベットを占領してしまってすみません、すぐに出て行きます」
「いいけど今あなた素っ裸よ」
「ッ!?」
そう言われ自分の体を見下ろすと下着以外の全てを剥ぎ取られていた。
「あの……なぜ……?」
「あなたがメイド服ボロボロにしたからでしょ?あんなに汚して」
「……申し訳ありません」
「まったくです」
そう言いながら彼女の手元には私のメイド服と裁縫道具があった。私と会話しながらもその手は止まることがない。
「お裁縫、お上手なんですね」
「……昔お母様に習ったの。お母様は何でもできて、私にいろいろなことを教えてくれたわ」
フレアは手を止めると机の上の写真立てへ目を向ける。少し色褪せた写真には幼いフレアと彼女の母親と思われえる白髪の女性が写っていた。再び手を動かしながらフレアは語り始める。
「このメイド服もお母様と作ったのよ。お母様が、『いつかフレアにも専属のメイドが付くのだから、最高に可愛いメイド服を用意しないとね』って言ってね。元々試作品の1つだったけど、お母様が亡くなって、結局できたのはこれだけ」
「……そうでしたか」
「ええそうよ。だからね」
そこまでいうとフレアこちらに近づいてくる。手に持ったメイド服を広げると私の体に合わせる。
「たとえ成り行きで私の専属メイドになったとしても、なあなあでやるなら十年待たなくとも容赦無くあなたを食べ殺すわ。それはお母様への冒涜だもの。このメイド服を着るのならあなたが私に相応しいって示して見せなさい」
「――ッ!はい!!」
「はい、直ったわ。もう二度とこんなボロボロにしないで。ほつれたりしたら自分で直しなさい」
「はい、ありがとうございます」
私の返事を聞いたフレアは私にメイド服を渡してくる。私はそれをいそいそと着替え始める。
「で、あなたは何であんなことしたわけ?」
「何でとは?」
「月花樹の苗のことよ。こんな嵐の中取りに行くなんて馬鹿げているわ。自分が何がしたいかもわからないのに何で行ったのよ」
私が話したのだからあなたも話しなさいとフレアが催促してくる。嵐は今もなおびゅうびゅうと吹き荒れている。こんな中へ飛び出すなんてバカもいいところだろう。それでも私は月花樹の苗を取りに向かった。
「何で何でしょうね?自分でもわかりません」
「……はあ?」
私の答えにフレアは呆気に取られたように返す。
「夜、いつもの時間にお嬢様の部屋へ向かったのです。そしたらお嬢様の鳴き声が聞こえてきて」
「ちょ!?それいつ頃よ!私何か言ってた!?」
「……いえ、別に」
「そ、そう?ならいいわ。いやよくないわ忘れなさい」
フレアは顔を赤くして取り乱す。本当は『お母様』と呟くのを聞いていたけど私の第六感がそれを言うのは悪手だと告げる。次第に落ち着いてきたフレアが私に続きを促す。
「それを聞いたら何だかいてもいられなくなって。私、そんな状態のお嬢様にいきなりあんな意味のわからないこと言ってたんだなって。そしたら勝手に足が動いて気づいたら手の中に月花樹の苗が……」
「それで私の部屋まで来て出てくるのを待ってたら寝てたと」
「はい、お恥ずかしい限りです」
「……バカね」
フレアは呆れたように私を見て呟く。私も実際私らしくないと思っていたけど。その反面私の心はなぜだか澄んでいた。
「お嬢様は私が何をしたいか聞きましたよね?」
「聞いたわね」
「私自身まだそれはわかりません。でも今回、私は自分の奥底から突き動かす何かに従って行動できたと思うのです。なぜそうしたかったのか、理由は言葉にできませんが、今はこれが私のしたかったことだと胸を張って言えます」
メイド服に着替えた私はフレア様の方へ近づく。
「私の自己満足だとは思います。ですが今はこれしか私にはありません。私を突き動かすこの『何か』が私の意思です。ですのでお嬢様、私はこの『何か』の赴くまま、お嬢様に支えたいと思います。そして私があなたの専属メイドにふさわしいと示して見せます」
「そう、頑張りなさい」
「はい!」
私の宣言を聞いたフレアはそう言葉をかけると、少し考えるそぶりをしてから私に尋ねた。
「……そういえばあなた、名前はなんていうのよ?」
「私の名前ですか?」
「ええ、聞いてなかったわよね?」
「はい……」
ここ最近、名前を聞かれることがなく、すっかり忘れていた。使用人たちからは『稀血』だったり『新人』だったりで呼ばれているので、この屋敷に来てから名前で呼ばれることはなかった。もっとも私もあの名前で呼ばれたくはないのでありがたいが。
「私の名前は……」
「何よ、言いたくないの?」
「いえ、そういうわけでは――」
「なら私がつけてあげるわ」
そういうとフレアは少し悩むそぶりをしてから、私の髪を撫でこういう。
「……マシロ」
「マシロですか?」
「ええ、今日からあなたはマシロと名乗りなさい」
マシロ、私の新しい名前、新しい私。なぜだか無性に嬉しくなってくる。私の中の『何か』が揺れ動くのを感じる。
「わかりました。今日よりマシロと名乗らせていただきます」
「ええ、そうしなさい」
「はい、ありがとうございます!」
「……もう服を着たのだし帰れるわよね?さっさと帰りなさい。早くしないと世が明けるわよ」
私の返事を聞いたフレアはそういい扉を開ける。私は部屋の外へ出るとフレアの方へ振り返る。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「ええ、おやすみ」
挨拶を済ませ部屋に戻ろうとすると「ああ、そういえば」とフレアが付け足す。
「ご馳走様、今日も美味しかったわ」
「……?」
「昨日から1回も吸血してなくてお腹が減っていたのよ。《《必要な時に血を与えること》》があなたにできることなのでしょう?」
「…………ッ!?……ッ!??」
「明日もよろしくね」
声にならない悲鳴をあげる私をよそに、フレアはそれだけいうと部屋へ引っ込んでしまった。急いで部屋に戻って鏡を確認すると首元に新しい傷が増えていた。
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「おはようございます。フレア様」
「ええ、おはよう」
「では失礼致します」
翌日、私はフレアの部屋へ朝の挨拶をしに来ていた。今までは返事がなかったことを考えると一歩前進といったとこだろうか。挨拶が済んだ私はいつも通り仕事へ向かおうとする。
「……ちょっと、どこへ行くのよ」
「へ?……そうですね、まずは仕事をもらいにメアリーの元へ――」
「そうじゃないわよ!」
そういうとフレアは私の手を掴むと無理やり私を振り向かせる。
「……あなたは私の専属メイドなんだから私のそばに居なきゃダメじゃない」
嵐はすっかり過ぎ去り、空には雲ひとつない星空が浮かんでいた。
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これにて1章『忌み子の少女』は完結です。まだ投稿を始めて一週間ですが、たくさんの人に読んでいただけ、感激の気持ちでいっぱいです。次回からは数話ほど(何話になるか未定)番外編を挟んだのち、二章の投稿を始めようと思います。
みなさんどうか応援の程よろしくお願いします!!