第10話 『何か』
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「メイド長、冬の庭の鉢への植え替え。完了しました」
「外にあった備品類もチェック完了です」
「屋敷内の窓の補強がまだだ、手伝ってくれ」
使用人たちが慌ただしく駆け回る。それもそのはずだ。もともと四季の結界で守られてるこの屋敷には嵐は届くはずがなかった。しかしながら偶然が重なったことで誰も想定していない事態に陥ったのだ。
そんな中、執事長とメイド長は、使用人たちに的確な指示を出している。私は、彼らの手伝いをするべく、外の備品を取り込む役割に徹していた。
嵐となると流石のお嬢様も外に出るのは躊躇われるのか、今日は一日中部屋にいたが、朝の挨拶に行くと、「仕事は他の使用人に聞いて」といつも通りの命令をもらった。そのため今はメアリーの指示のもと庭の備品をかき集めている。
この非常事態に、クライムはホールにて全体の指揮をしている。時間が経つにつれ外から聞こえる風音が強くなる。街へ日用品の買い込みに行っていた使用人がずぶ濡れで帰ってきた。メアリーが彼に話しかける。
「街の様子はどうでしたか?」
「今のところ被害はなさそうですが遠くの町では屋根が飛ばされたそうです。時期にこちらにも嵐が近づいてくるでしょう」
それを聞いたクライムが全員に言い放つ。
「外からの運び込みはここまででいい。これ以降、屋敷の外へ出るのを禁ずる。使用人は運び込んだもののリストアップと屋敷の備品リストとの照合を進めろ」
こうして屋敷の荒らし対策はひと段落ついたのだった。ただ一人の少女を除いて。
**
「ない!ないわ!!」
時刻は正午、嵐もだんだんと強くなり、びゅうびゅうと音をたて、それとは対照的に、使用人たちが落ち着き、通常業務に戻っていく中、屋敷の中に一つの声が鳴り響いた。声のする方へ向かうと、屋敷のエントランス、冬の庭の植物の鉢がまとめて置かれているあたりでフレアが何かを探していた。すぐにリストアップ担当の使用人がフレアに尋ねる。
「お嬢様、何をお探しですか?」
「月花樹の苗がないのよ!」
「冬の庭の植物はすべて回収しているはずです。こちらの屋敷のリストと照合いたしましたから」
「あれは私が植えたものよ!屋敷のリストには載っていないわ!!」
「ッ!?それではその苗は……」
どうやら月花樹の苗は屋敷管理ではなかったようで、回収漏れを起こしていたようだ。つまりあの苗はこの嵐の中での晒しになっているということである。
「――私、ちょっと行ってくるわ」
「いけませんお嬢様!もう屋敷は嵐の中です。今外へ出るのは危険すぎます!!」
「でも行かないと月花樹が!」
「落ち着け、フレア」
「……お父様」
月花樹を取りに行くと取り乱して聞かないフレアを遅れてきたクライムが宥める。
「月花樹の苗なら今度買ってやろう。だから今は諦めるんだ」
「ッ!?お父様、本気で言っています?あれはお母様が残した――」
「フレア!!」
「……やはり変わりましたね、お父様。いいかげん割り切ってはくれませんか?」
「それはお互い様だろう?毎日通っている君に言われたくはないな」
「それはお父様が!!……もういいです」
反論を口にするフレアをクライムが一括する。それに何を言っても無駄だと悟ったフレアが諦めたように視線を外す。
「部屋に戻っています。夕食は私の部屋へ運んでください」
「お嬢様!!」
それだけいうとフレアは部屋にこもってしまった。
**
あれからいつも通り仕事をこなし、フレアに終了の報告をしに行く。あれから一度もフレアを屋敷の中で見かけることはなかった。フレアに部屋に着いた私は軽くノックをする。
「お嬢様、本日の業務終了いたしました」
「……」
部屋からは息遣いは聞こえるが言葉は聞こえない。
「お嬢様」
「……帰ってよ」
「……失礼致します」
もう一度声をかけると今度は返事があった。フレアが起きていることを確認すると、少し待ってから私はフレアの部屋へ踏み込んだ。無理やり踏み込む私にフレアは目を見開いて私を見たがすぐに目を逸らしてしまった。そんなフレアへ私は近づくとベットへ押し倒す今度こそ私と目が合ったフレアに向かって話しかける。
「血を吸ってください吸ってください」
「……何でよ」
「私にはそれしかできないからです」
「……」
フレアの質問に私が答える。フレアはそれに何の反応も示さない。私はさらに言葉を紡ぐ。
「この数日間考えたんです。どうやってお嬢様の信頼を得るべきか。何をすればお嬢様から信頼を得られるか。でも結果は完敗でした。そもそも私にはお嬢様に近づくことも難しかった。だって私は専属メイド以前に《《食糧だから》》。なら私は、私にできることはあなたに《《必要な時に血を与えること》》だけなのです。だから……だから、私の血を吸ってください」
「……何でよ」
「ですから先ほど申したとおり――」
「ちがう!」
フレアの疑問に何度でも答えようと、もう一度語ろうとする私をフレアの否定のこもった叫び声が遮る。
「なんで私の信用が欲しいのよ!何で私に気に入られようとしてるのよ!食糧だとわかってるならなんでメイドになろうとするのよ!そんなの建前でしょ!お父様から許可を得てるのだから好きに過ごしていればいいじゃない!私なんかに関わらないで残りの余生を楽しく過ごしていればいいじゃない!なのになんで!どうして!!」
「それは、私の役割がお嬢様の専属メイドだからで――」
「ちがう!!」
私の言葉をフレアはまたしても遮る。
「それはお父様の建前、そんなこと分かってるでしょ!私が聞いてるのは《《あなたがなぜ私に関わるか》》よ!」
「それは……」
私はフレアの問いに言葉を詰まらせてしまう。自分でも考えたことなかった、自分の中の要因。予想外の問いに戸惑いながらも、それでも私はフレアの問いに答えようと再び喉を震わす。
「私は……私はあなたの信用を…………いやちが……あなたのそばにいるために………………あれ?何で?何で私はあなたの……何で……あなたに近づきたく…………私はどうして……どうせ死ぬのに……何も残らないのに…………何で、どうして…………」
気づくと何故か私は泣いていた。フレアはそんな私をまっすぐ見つめる。何もかも見透かしてそうな鮮やかな赤が、私の殻を剥がすような音が聞こえる。
「どう…して……何で私は……《《誰にも》》……《《認めて》》…………」
「……そんなの……あなたしか知らないわよ」
気づいた頃には私の呟きはフレアの問いに対する答えなんかではなくなっていた。それに対してフレアは少し、寂しそうな目をしがら答えた。
「どいて」
「あ……」
私を押し除けたフレアがベットから起き上がる。そのまま私を部屋の外まで押しやり扉を閉めてしまう。我に帰った私は急いで部屋に声をかける。今度こそ、部屋から返事が返ってくることはなかった。
**
時刻は二十一時、いつもの吸血の時間。先の失態に少し後悔と恥ずかしさを感じつつ、フレアの部屋に向かうがその足取りは重い。それでもゆっくりと部屋の扉が見えてくる。私は深呼吸をし、ノックをしようとすると、部屋の中から啜り泣く声が聞こえる。
「――お母様」
「――ッ!?」
私は自分のことで夢中で忘れていた。あの時、フレアは母との思い出の品を実の父に諦めろと言われてたことに、そんな時に、私の勝手でずかずかと踏み入り、あまつさえ自分自身でも理解できていない『《《何か》》』の答えを彼女に求めてしまっていたのだと。そのことに気づいた私は静かに廊下を引き返す。目指す先は字シルではない。気づいた頃には私の体は、『《《何か》》』に従って動き出していた。
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