第171話 グフトック
「ロイン王――いや、ロイン。俺を殺してくれ」
グフトックの言葉に、俺は息をのんだ。
正直、言葉を失った。
それはどれほどの覚悟なのだろうか。
なにより、そんな衝撃的な言葉が、ほかでもない――あのグフトックという男から発せられたのだというのが、いまだに信じられなかった。
かつて、俺のことを無能だと追放したやつがだ。
『ロイン、お前は追放だ――』
そう言ったのと同じ口で、こんどは俺に『俺を殺せ』と言ってきている。
そこに至るまでにいろんなことがあった。
だが、彼のあまりにもの変わりようには驚きを隠せない。
それだけの覚悟だということだろうか。
グフトックは今、どんな気持ちでそれを発しているのだろう。
「お、おい……グフトック……お前、本気なのか……?」
「俺は……ロイン……あんたに取り返しのつかないことをしてきた……。正直、俺はいくら恨まれてもしかたがないと思っている」
「グフトック……」
グフトックは少しうつむいて、罪を神にでも懺悔するように言葉をつむいでいった。
「それなのに……それなのにだ。あんたは俺を恨むどころか、こうしてもう一度人生をやりなおすチャンスまでくれた! もともと一度は死んだも同然の命だ……! 使ってくれ!」
「グフトック……でも……」
「俺は悔しいんだ! 俺はなにも得られなかった! 人生をやり直せると思っても、俺には結局なんにもできなかった! だけど、せめてあんたの役にだけはたちたいんだ! だからお願いだ――
――お願いします、ロイン王。俺を……殺してください」
グフトックの目から本気の覚悟が伝わってきた。
正直、バカげた提案だと思う。
そんなことは倫理的にもどうかと思うし、俺だってやりたくない。
以前のグフトックならまだしも、今のこの痛々しいまでに献身的なグフトックを、無残に殺すなんてことはとてもじゃないができない……。
「おい……そうは言うが……死ぬってのは痛いんだぞ……それもものすごく。お前の想像する以上にだ!」
俺は以前一度死んで不死鳥の首飾りで生き返った過去がある。
その経験からしても、もう二度とは死ぬ苦しみを味わいたくはないと、身に染みて思っている。
あの苦痛をグフトックに体験させることになると思うと、他人ごとながらぞっとする。
たしかに、今の俺たちには世界樹の霊薬というアイテムもある。
あれを使えば、一度死んだグフトックを蘇生することだって可能だ。
だが、本当にそんなことをしてもいいのか……?
グフトックからレアドロップアイテムを取り出すためだけに、彼を殺すなんてこと……倫理的に許されるのだろうか。
それをやってしまったら、なにかを失うような気さえする。
アレスターのときは、彼が死にかけていて、あまりにも苦しそうだったから介抱しただけだ。
だがグフトックはそれとはまったく違う。
そんな命をもののように考えて、本当にいいのだろうか……。
蘇生できるからといって、それで失われるものは本当にないのだろうか。
俺がそうやって考えていると、グフトックが急になにかを決断したような顔つきになった。
そして彼はふところからナイフを取り出し――。
「ロイン王……もうこれしかないんですよ。あんたには、俺を殺すだけの十分な理由と、その権利がある……!」
――なんと彼は自分自身の腹を引き裂いた。
――ズシャアア!!!!
――ドバドバドバドバァッ!!!!
グフトックはそのままはらわたをナイフでえぐり、とりかえしのつかないまでに傷口を広げる。
「っぐあ……ああああああああ!!!! いでえええああああああ!!!!」
断末魔の悲鳴とは、まさにこのことだろう。
だがしかし、グフトックは必死に気を失わないようにこらえている。
「ばっ……馬鹿野郎…………!!!!!」
俺は思わず叫んでいた。
前から馬鹿なやつだとは思ってはいたが……こいつはとんだ大馬鹿野郎だ。
なにも俺への贖罪のために、そこまでするなんて……。
本当に、大馬鹿だ。
「ロイン……! はやくしろぉ! 俺を殺してくれぇ……! はやくこの痛みから解放してくれよ! そのついででいい、レアアイテムもくれてやる! さあ! はやく! 俺が憎いだろう! 俺を殺せ!」
「……っ!」
俺はあまりにもの衝撃的な光景に、言葉をうしなった。
「ここまでしても俺を殺せねえか!? さすがはスライムすら倒せないへっぽこロインだなぁ! やっぱ強くなっても腰抜けのままなのか!? この雑魚! いくじなしめが!!!!」
「ああもう! わかったよ! この大馬鹿野郎! 大人しく地獄で眠れると思うなよ! すぐに蘇生させてやるんだからなぁ!」
――グサ!!!!
俺は一思いにグフトックを殺した。
最後に俺を煽るようなことを言ってきたのも、俺が殺しやすいためなのだろう。
本当にどこまでもアホなやつだ……。
グフトックの痛みを想像すると、吐きそうなくらいだった。
だが、俺は耐えて淡々とレアアイテムを拾う。
グフトックも耐えたのだから、俺もこの現実と向き合おう。
まさかグフトックなんかのために、涙を流すことになるとは思わなかった。
「ありがとう……すまない、グフトック……」
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