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旅立ち

作者: お屠蘇と

——世界は不平等だ


努力なんて言葉は単なる飾りで、生れ出た瞬間に運命は決まっている。


——世界は強者のモノだ


どんなに歳月を費やして作り上げた財も、富も、すべてが一瞬で奪われ、まるで砂の城のように崩れ去る。慈悲など得られるはずもなく、ただ弱肉強食の(ことわり)だけが存在する。


俺は、それをあの日――「災厄の日」に思い知った。


瓦礫と炎に包まれ、絶望と呪詛にまみれた世界の中で……




「聞いてるの、リュウ?」


自分の名前を呼ばれて、意識が引き戻される。

目の前に、至近距離から顔を覗く金髪碧眼のイケメンがいた。



「ご、ごめん。 少しぼーっとしてた」


「しっかりしなよ! 選抜試験まであと数日しかないんだからな」


言ってイケメン——アレスは、向かいの席に戻る。


彼は正しい、今は勉強に集中しないと。


一瞬目をぎゅっと閉じて意識を現実に引き戻すと、全く減った気がしない参考書が文字通り、山のように積みあがっている。少し目線を上げれば同じように試験前なのだろう、真剣な顔でノートに書き込んでいる生徒がちらほらと見える。


開かれた窓からフワッと心地よい春風と、(かす)かな町の喧騒(けんそう)が入り込んできた。勉強には最高の環境だけれど、眠気を誘う暖かな夕日には文句の一つでも言いたい気分だ。



「もうこんな時間かぁ…」


朝一番に始めた勉強だったけれど、気付けば部屋の中はオレンジ一色に染まっていた。

風に吹かれたカーテンが作り出す、まるで生き物のように(うごめ)く陰を目で追っていると、ふと視線を感じる。

目をやると、こちらを気遣うような表情をしたアレスがこちらを見ていた。


「リュウ、お前今日はなんか変だぞ?」


「え、そうかな?」


「さっきから全く手が動いてないだろ。 やっぱ変だって」


そう言われて、初めて気が付く。

机に広がる課題は一段も低くならず、影だけが大きく伸びていた。



「あ、あれ? こんなに時間経ってたっけ…。 ごめん、ちょっとボーっとしてたみたい」


言い訳をしても、性格までイケメンなこいつは引き下がらない。


「……やっぱり迷ってるのか?」


「——ッ!」


ストレートな聞き方に、反射的に反論が口から洩れそうになる。


出かかった言葉はしかし、アレスの顔を見た瞬間に寸でのところで立ち消えになる。

俺を気遣う青い瞳が、高ぶった感情を穴の開いた風船のように(しぼ)ませていった。


「……ああ」


言葉少なに応じる。

これはただの八つ当たりだ、そんな事分かっている。

何もできなかった自分への、そして、何もしない自分への……


「そろそろ1年だ。 いい加減、俺も分かってるさ」


「そう」


強がるも、アレスの返事は短かった。

彼もまた、思うところがあるのだろう。


たとえ大人びていても、同い年の子供だ。失ったモノへの複雑な思いはそう簡単には消えないだろう。

俺は、いつの間にか手を動かすことをすっかり忘れ、”あの日”に思いを馳せていた。




約1年前、この世界は未曽有の危機に襲われた。

本来ならば駆逐され北の未開拓地にしか出現しないはずの高位魔獣が、突如として世界各地に生まれたのだ。完全に想定外だったこの事件に、どの国も初動が出遅れた。

世界中の国が甚大な被害を受け、十分な戦備の無かった小国の多くが滅びた。生き残った国々の中にも、何とか首都防衛に成功しただけで、滅亡の道しか残っていないような地域は幾つもある。

そして当然、一番犠牲になったのは各国地方の住人だ。救援も、備蓄も、逃げ道も、何も無い絶望的な状況の中で、数多の罪無き人々が死んでいった。魔獣の破壊本能は徹底的で、逃げだした者も、戦った者も容赦なく殺された。

唯一生き残ったのは、隠れ忍び、魔獣が討伐されるまでの地獄のような数日間を、気が狂わずに耐え抜いた者だけ。


――俺は、そんな人間の一人だ。


1年近く経つ今も、脳裏にこびり付いた断末魔と、いつ見つかるか分からない恐怖、死にたくなる様な飢餓感は忘れられない。



アレスも、同じ様な環境を生き延びた生存者だ。

彼は、魔獣が通り過ぎた後にやって来た軍に救助されたらしい。アレスだけじゃない、この学校にいる生存者のほとんどがこのパターンだ。


だけど、俺は、違う。

絶望に閉ざされた瓦礫の下で震えていた俺を助けたのは一人の開拓者だった。

彼女は暴力の化身たる高位魔獣を、更なる暴力で叩きのめした。腕の一振りが、紡がれる魔法が、いとも簡単に魔獣の身を引き裂き、破壊していく光景は、今でも瞼に焼き付いている。

いとも簡単に魔獣を蹂躙し尽くした後、彼女は後ろで唖然と立ち尽くしていた俺に振り返って、ふわりと微笑んだ。

それはあまりにも美しくて――



そして今、俺たち被災者は人生の分岐路に立っている。この国は世界有数の大国だけれど、金回りは厳しいのだろう。国中の生存者が集められたこの学校は、来月で終了する。


そんな俺たちに提示された道は3つ。町に出て仕事を見つけるか、騎士団に入団するか、開拓者の一員となるか……



「皆どうするのかなぁ……?」


「やっぱりココで仕事を見つける子が多いんじゃないかな?」


俺の呟きをしっかり聞いていたアレスが答える。



一つ目を選択する子は多いだろう。なにせここは首都。災厄からの復興を果たしつつあるこの国では、どこもかしこも人材不足だ。食いぱぐれることは無いだろう。


腕っぷしに自身のある子は騎士団を目指すだろう。当然、倍率の高い入団試験を潜り抜ければならないけど、故郷の復旧に(たずさ)われるし、人々から尊敬を集める上に、給料も良いこの仕事は大人気だ。彼らに救出されて、憧れを抱いた子もかなり多い。


そして最後に、開拓者。彼らは大陸の北端、人類の生活圏ギリギリに住んでいる。日々を鍛錬と魔獣との戦闘で過ごし、人類の生存圏を広げる人々だ。そしておそらく、一番選ばれない道だろう。誰だってせっかく助かった命をわざわざ捨てたくないし、()()()に魔獣へのトラウマを抱えた子も少なくない。



卒業が着実に近づいてくる中、周りの子は皆志望先を決めている。だけど、俺はまだ決め切れていない。



学校にいる間に、俺は出来る限り開拓者や彼女のことについては色々調べた。図書館に行けば開拓者の歴史や仕組みは容易に調べがついた。彼女については少し大変だったけれども、北に旅をする行商人に片っ端から聞いて情報を集めた。人伝でも分かる彼女の強さを知るのは楽しかった。そして、開拓者がどれだけ危険な仕事なのかも学んだ。


「騎士団、目指さないの? リュウならいけると思うんだけど」


アレスが顔を覗き込むように聞いてくる。


そうだろう、一緒にいた彼にとっては不思議なはずだ。俺はこの学校で可能な限り鍛えてきた。今の俺なら騎士団に入ることも夢じゃない。例え入団できなくても、町に行けば安全で安定した仕事であふれかえっている。もう二度とあんな目に合わなくていいんだ。


でも、それでも


「彼女の……」


「ん?」


「彼女の、あの顔が――あの笑顔が、ちらつくんだ。あんなキレイな笑顔、俺はこの町じゃ見たこと無い。だから、どうしても気になるんだ! もう一度、会いたいんだ!」


始めて打ち明ける思いに、アレスは呆気に取られて、口をポカンと開けた。


それからゆっくり、口がつり上がって笑顔になると、彼は大笑いを始める。


「あはははは!」


「な、なんだよ! 何がそんなに面白いんだよ!」


「いやー、ごめんごめん。 えらく真剣な顔して何を言い出すかと思ったら、一目惚れの話をしてきたからさ。あっははは!」


そう言って涙を流す程大笑いする彼に、思わず「俺は真面目に話してるの」と言えば更に爆笑してくる。


「いい加減にしろって!」


「分かった分かった! あははっ! いやー笑った笑った。つまり今、リュウは安全で将来性のある騎士団か、危険だけど一目ぼれした女性がいる開拓者を目指すか迷ってるんだね?」


涙を拭きながら、ニヤついた顔でアレスが聞いてきた。


「そう」


「そんなの一択、開拓者でしょ! 人生一度きりなんだし、折角助けてもらった命なんだ、その人に使っても良いんじゃないかな? リュウがこの町で働いて、おじいちゃんになってから後悔したくないなら、僕は行った方が良いとおもうよ」


ブスっとした返事をした俺へのアドバイスは、びっくりするほどしっかりしていて、なるほど、理に適っている。

それでも、まだ少しだけ切り替えられない。


「本当にそう思ってる?」


「ホントもホント、大真面目だって。逆にリュウにとって、わざわざこの町で働く理由なんてないでしょ? それなら君の心がやりたいことをやりなよ」


「……」


言葉が出ない。確かに、アレスの言う通りだ。ここに残る理由なんて無いじゃないか!

それを自覚した途端、急に目の前が開けたような気がした。


「アレス、ありがとう! 俺、どうするか決めたよ」



俺は開拓者になる――そう告げると、アレスは笑顔で頷いた。



一か月後


俺は北門の前に立っていた。周りには大勢の商人と警護、大量の商品でごった返していて、小さなお祭りのようになっている。

彼らは、俺を北の開拓地まで連れて行ってくれる行商隊だ。在学中に開拓者の話を尋ねていた行商人に、「どうしても!」と頭を下げたら、格安で行商隊に加えてくれたのだ。


気分は最高。

不安と緊張でいっぱいだけれど、それ以上の期待でいっぱいになっている。何より、迷っている時に聞いたアレスの言葉が、背中を強く押してくれている。



「全員、準備はできたかっ?」


空気がビリビリと震える様な大声で呼びかける商隊長に合わせて、そこかしこから掛け声があがる。


「それでは、しゅっぱああつ!!」


その一声と共に、首都の巨大な門を埋め尽くすほどの大行列が、ゆっくりと動き出す。

見上げるほど高い門の中に入ると辺りは一気に暗くなる。足音と、人の息遣いが壁に反射して、グワングワンと頭に響く。


そして――視界が一気に開けた。

まばゆい光と共に、外の世界が目の前に現れる。長い長い商隊の先には、街道が一本ピンと伸びていて、地平線の先に消えている。

それと同時に、門を超えた隊列のスピードがグンと上がった。



そんな時だった。


「リュウッ!」


聞きなれた声。思わず振り向くと、そこにはアレスが必死に走って来るのが見える。


「アレス、なんでここに!? 騎士団の仕事はどうしたの!?」


「いいから、これを受けとれぇっ!!」


叫び声と一緒に、投げつけられた何かを、馬車から身を乗り出してギリギリのところで片手でキャッチする。

手を開けてみると、それは精巧にできた護符だった。見るからに高額なもので、相当高い加護が付いているだろう。


あっけにとられている間に、みるみるうちに離れていく門を見れば、そこには満面の笑みで大きく手を振るアレスがいた。

足音にかき消されて何を言っているかは分からないけれど、門出を祝ってくれているのが俺には分かる。


「ありがとうっ!! 絶対、大切に、するからなぁぁ!」


聞こえないかもしれないけれど、俺も大声で叫んで手を振る。

握りしめた護符を片手に、アレスが、門が、町が見えなくなるまで手を振り続けた。



空は快晴

雲一つない青空の下で、穏やかな風が吹いている

目指す先は遥か彼方、人間の住む最北端の街



俺の冒険は今、始まった!

読んでくれてありがとう!

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