令嬢リリアナと夢の始まり
投稿2作目です。良ければご覧いただければ幸いです。
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↑前作はこちら。
リリアナ・ヴィクトワールは由緒正しきバシラム公国公爵家の令嬢である。……のだが、
「だああああ!! もうこんなことやってられませんわ!!」
「お待ちください、お嬢様!」
「お退きなさい!……はあっ!!」
今まさに祖父から譲り受けた鉞で屋敷の門の留め木をたたっ切り、門をブチ破って、屋敷を飛び出して行ってしまった。
(お屋敷の中で毎日毎日グチグチグチグチ……、これではせっかくおじいさまから受け継いだこの体と精神が腐っていってしまいますわ。)
捨てたものには興味はないと、後ろにそびえ立つ屋敷を振り返ることなく城下町へと全速力で駆け抜けていくリリアナ。その目には二度と実家には戻らないという覚悟と、これから先への期待を映していた。
リリアナがこうなってしまった理由は彼女の母方の祖父、ゴドルフ・マルーン男爵にある。
彼は、生まれた時から貴族という訳ではなく、元は小さな村の木こりであり狩人であった。
ある時、ゴドルフの住んでいた村に凶暴な魔獣が現れたとき、彼は持っていた鉞一つでその魔獣を倒してしまったのである。国から指名依頼が来るほどの大物であったその魔獣を倒した彼は男爵の地位を手に入れ、貴族の仲間入りを果たしたのである。
だが貴族になった後も、貴族社会の諸々は婿入りした妻の家族に任せ、公国内に出現する魔獣を倒して回った。そしてその時の冒険譚を孫のリリアナが遊びに来るたびに話したところ、彼女は冒険大好きで貴族社会の外の世界に強いあこがれを持つ少女になってしまったのだ。さらに運の良い(?) ことに、彼女はゴドルフの丈夫で強靭な体と常軌を逸するほどの剛力を受け継いでしまった結果が現在なのである。
完全に追手も追いつけないスピードで城下町までやってきたリリアナは冒険の準備をするため考えを巡らせていた。
(冒険……といえばまずは武器!おじいさまからいただいたこれも十分使えますが、持ち手のサイズがしっくりきませんのよね……となると、まずは鍛冶屋ですわ!!)
と、考えいざ鍛冶屋へ赴こうとしたが、そうはうまくはいかない。身長こそ成人男性と変わりないくらいの長身ではあるが、豪奢な縦ロールの金髪を靡かせた美女、それも程よく筋肉の乗った豊満な体つきと来たものだ。そんな女性が一人できょろきょろあたりを見渡しているのだ。男たちがしゃべりかけないわけもなく、そうこうしている内に3人組の男たちに絡まれてしまった。
「へへへ、よう嬢ちゃん。」
「俺たちと一緒にちょっと遊んでいかねぇか?」
「楽しいことしようぜぇ、ぎゃはははは!」
下卑た笑みを浮かべながら、3人の男が近づいてくる。
「あら、よろしくってよ。」
そう言ってリリアナは近くの料理屋から一台のテーブルを借りてきた。そして勢いよく男たちの前にテーブルを置き一言、
「おじいさまに聞いておりますわ、庶民の男性の遊びといえば腕相撲だと!」
「おいおい、俺たちに力勝負しようってか~!」
「やってやろうじゃねぇか」
「その代わり、この勝負勝てばお前は俺たちのモンだ、いいな!?」
相手が普通の少女だと思ってか、はたまた自分の腕っぷしに覚えがあるのか、3人それぞれ自身満々の様子である。しかし———
ドン!
「え。」
ズドン!
「へ?」
ズガン!!
「なぁ!?」
相手はただの少女ではない、体当たり一つで重厚な屋敷の門を吹き飛ばすリリアナである、相手になるはずがない。
「あら、もう終わりですの?もう少し楽しみたかったですのに。」
そう言ってリリアナはショックで崩れ落ちた男たちを一瞥したのち、借りたテーブルを返し、優雅に鍛冶屋探しに向かった。
声をかけてきた男たちを力比べでなぎ倒しつつ、しばらく町中を探し回ったが、鍛冶屋がどこにも見当たらない。そのうちに現在地がどこなのかもリリアナには分からなくなってしまっていた。今まで屋敷の中でずっと育ってきたのだ、当たり前である。そして、夕日も沈みだしたそんなとき、一人の女が話しかけてきた。
「こんな小さな裏道に何か用かい、貴族のお嬢様?」
リザレと名乗ったその女は、黒いマントの下にレザーアーマーを着ていた。リリアナは町の冒険者と思い、正直に事情を説明する。
「いえ、町の大通りから鍛冶屋を探して歩いておりましたら、気が付けばここにいただけですわ。」
話を聞いたリザレは剣呑な目つきでリリアナを見る。
「へぇ……にしては随分と物騒なもの背負っているじゃないか。」
「当然ですわ、この鉞の調整をするために探しているのですもの。」
リリアナの答えにしばらく沈黙したが、リザレは納得したかの如く一つうなずく。
「……どうやら嘘じゃないみたいだね。でも、いくら領主がしっかりしていて町の警備が厳重でも、女の、それに貴族のお嬢ちゃんの夜道の一人歩きは危険すぎるね。」
「でも、ここがどこかもわかりませんし、困りましたわね…。」
「はぁ……ついてきな、馴染みの鍛冶屋に案内してやるよ。」
お手上げ、といった表情でリザレは自分も世話になっている鍛冶屋に連れていくことを決めたようだ。
「本当ですの!?感謝いたしますわ!」
「……本当に貴族がこんなお人よしばっかりだったら、あたしらみたいなのはいらないんだけどねぇ。」
あまりの単純さにリザレはそうぼやいてしまう。
「??何かおっしゃいまして?」
「いーや、なんでもない。さっさと行くよ。」
そう言って先ほどの発言を誤魔化し、リザレはすたすたと歩きだした。
「あっ、お待ちくださいませ!」
リリアナは慌てて追う。そうして鍛冶屋への道を進むのであった。
しばらく歩き、完全に日が沈み切った頃、リザレは一軒の家の前に止まった。リリアナが昼間彷徨っていた住宅街から離れた、道具屋が立ち並ぶ区画のうちの一軒だ。家の明かりはついていて、扉は開け放たれ、営業中であることを示していた。
「ここが言ってた鍛冶屋だよ。」
リザレがそう告げる。
「ここが……」
一日探し回ったからか、リリアナの声には喜びが滲んでいた。
そんなリリアナにリザレは話を続ける。
「そ、親子二人でこじんまりとやってるけど、親父の腕は逸品だよ。息子はまだまだだけどね。」
そういうと中から若い男の声が聞こえてきた。
「だぁれがまだまだだって、リザレ!!」
「あら、また店先でお留守番かい、クリム!」
「うるせぇ、ちゃんと店番と接客って仕事だよ!冷やかしに来ただけなら帰れ帰れ!」
「そんなこと言って良いのかい?せっかくわざわざ客を連れてきたっていうのに。」
「な、そりゃ本当か!?本当なら明日は雨だな、あはははは!」
話していてもらちが明かないと二人は鍛冶屋の中へと入る。
「じゃ、これで本当に明日は雨だねぇ、ええ?」
「はははははは……すまん。」
「あんだけ煽っといてすまん、で済むと思ってんのかい?」
にやついた顔で今度はリザレがクリムを煽り始める。さぁこれからどうやっていじってやろうかとリザレが考え始めていたその時、リリアナの目には店内に並べられた売り物たちが映っていた。
「なんて素晴らしいんですの!? 一つ一つの商品が愛情を受けて作られて、キラキラと宝石のように輝いておりますわ、いえ宝石以上に美しい……そちらの方、この店に置いてある商品全て……」
「おいおい、全部買うなんて言わ…」
「貴方がお作りになりましたの!?」
「い、いや俺の親父だけど……」
「お父様ですのね、どちらにいらっしゃいますの?」
と言いつつ、勝手に奥に向かいだすリリアナ。
「ちょちょ、待って待って、呼ぶからちょっと待ってて」
咄嗟のことで相手が見るからに貴族にもかかわらず普段通りの口調でしゃべってしまうクリム。彼はそのままドタドタと走りながら奥にいる父を呼びに行ってしまった。
「じゃあ、道案内も済んだし、あたしはこの辺で帰らせてもらうよ……騒がしいことのになりそうだし。」
「ええ、本当にありがとうございますわ!こんなに素敵なお店をご紹介いただくなんて感謝してもしきれませんわ! お礼に何か……」
「お礼はいらないよ。まぁ代わりと言っちゃあなんだけど…」
一拍置いて、真剣な顔でリザレはリリアナに向かい
「ずっとそのままのあんたでいるんだよ。」
そう告げて店を後にしていった。
「わたくしは何があってもわたくしのままですが……」
リザレの言葉が少し引っ掛かりつつも目線はすでに展示されている商品たちに向けられていた。
リザレが去り、しばらく商品を見ながらうっとりとしていると、クリムが一人の男を連れて戻ってきた。彼の父親だろう。がっしりと筋肉のついた肉体を丈夫そうなシャツとズボンに身を包んだ大男だ。彼と並ぶと、成人男性の平均位のクリムがすごく小柄に見えてしまうほどだ。
悪いが貴族への喋り方なんぞ知らねぇぞ、と前置きをしつつハロルドと名乗ったその大男はリリアナに尋ねる。
「俺を呼んだのはお前さんか? 見たところ貴族のお嬢様ってところだが、そんなあんたが木っ端鍛冶屋の俺に何の用だ?」
「いかにも、わたくしでございますわ。あなたがここにあるもの全てお作りになられましたの?」
「ああ、そうだが。悪いが仕事中でね、用件は手短に頼む。」
中での仕事が終わっていないのだろう、少しいら立ちをあらわにしながら要件を話すようリリアナに話す。
「わたくしを貴方の弟子にしてくださいまし!!」
「はぁ!?」
完全に蚊帳の外になっていたクリムが思わず大声を上げる。
「冗談で言ってるわけではねぇみてぇだが……どういう風の吹き回しだ?」
ハロルドはリリアナの目を見てその本気を見たが経緯までは分からなかったためリリアナに直接尋ねる。
「はじめはこの鉞の調整をと思っておりましたが、この店の商品たちを見て感激したのですわ!どの作品からも作り手の愛情を感じ、わたくしもこのような作品を作りたいと、そう思ったんですの!最初は下働きでもなんでもかまいませんわ、ですからなにとぞ!」
リリアナは情熱のままに想いをぶつける。しかしそこはハロルド、鍛冶師として何十年もその槌を打ってきただけに、その道がいかに険しいかはわかっているつもりだ。だからこそあえて厳しい言葉をリリアナにぶつける。
「俺の作品を評価してくれるのはうれしいぜ。だが、そんなにこの世界は甘いもんじゃねぇ。ポッと一目ぼれしたからってどうにかできる道じゃねぇ。どこの貴族の娘っ子かは知らねぇが、少なくともその名前を捨てる必要はあるぞ。」
それに対しリリアナは、
「当然、名など元より捨てるつもりですわ。それでも覚悟が足りないというのであれば、女の命といっても過言ではないこの髪、切り落として見せますわ。」
と、頑として鍛冶師の道を進もうと言葉を紡ぐ。それにこの時代、女性にとって長い髪を切り落とすことは、女性であることを捨てるのと同義であった。
故にハロルドは尋ねる。
「どうしてだ? 今ここでたった一瞬作品を見ただけだ。それだけでどうしてそこまでの覚悟を持てる?まぁ口だけならいくらでも言えるもんだがな。」
その言葉にリリアナは、
「わたくしの覚悟を口だけとおっしゃいますのね? ではここで、髪を切り落として差し上げましょう!」
と髪を後ろで一つに束ね、そこに鉞の刃を当てた。
「待て待て、別に本当に切らなくて良い。それよりも俺は理由が知りたい。その覚悟を持てる理由をな。」
「それは、作品一つ一つが金色に輝いて見えるからですわ!金色に輝くものを見つけたならば、その世界に生きなさい。偉大なおじいさまからの授かった言葉ですわ。そして今、目の前はこんなにも金色に輝いている、ならば選択肢は一つしかありませんわ。」
「金色に輝く、か……悪くねぇ、悪くねぇセンスだ。良いだろう、今日から面倒見てやる、とりあえずその鉞は重いだろう、裏に置いてきてやるよ。」
「ありがとうございますわ! これから、全身全霊をかけてこの鍛冶の道を邁進してまいります、よろしくお願いしますわね、親方! 」
「親方……か、修行の道は険しいからな、覚悟しておけよ!」
そう告げるとリリアナの鉞を片手でひょいと持ち上げさっさと裏へ進んでいってしまった。
「おい、まじかよ親父!……ああなったら決まったようなもんだしな、これから同じ修行を受ける者同士俺からもよろしくな、ええと……」
ここまで名前も聞いていなかったので名を尋ねるクリム。
「リリアナ、リリアナ・ヴィクトワールですわ、こちらこそよろしく願いしますわね、クリムさん。」
「おうリリアナ…………って」
と、少し間を置いてからから気付く。
「領主様の娘じゃねえかあああああ!!」
こうしてリリアナの鍛冶師としての第一歩が始まるのであった。
鍛冶師リリアナ、バシラム公国(現在のメイール王国の都市バシラム)一の鍛冶師として知られ、後年多くの有能な弟子を輩出する。また、バシラム公国の国難時に武器作成による国興しを掲げ、バシラムを世界に轟く鍛冶の国として盛り立てた女傑である。
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