89 熱に浮かされて
そんなこんなで無事にお茶会を終えた俺だったが、あれ以降、クリスは味をしめた(?)のか、俺をちょくちょく社交の場へ引っ張っていくようになった。お茶会だけじゃなく社交界にも。
別に婚約者を探しているわけではないのだけれど、と思いながらも、わざわざ衣装も用意してもらった手前、できるだけ誘いには応じていた。
まあ、おかげで色々と貴族の知り合いが増えたのは悪いことではないだろうし、社交の練習にもなってちょうどいいとも思ったが。
それに、やっぱり社交ダンスは実際に色々な人と踊ってみないと分からないものだね。いつもはティナがパートナーだから気づかなかったけれど、普通の女の子たちは案外体力がないらしい。
なぜかは分からないが、序盤は非常に良い動きをしているのに、曲の途中から急に失速する人が多いのだ。荒い息と真っ赤な頬から判断するに、疲れてバテているのだろう。
そうなると、決まって俺が相手を支える感じになるので、自然と密着度が上がり、結果、精神的に非常につらい状況となる。
疲れているのは分かるんですけど、そんなに荒い息づかいで艶めかしい吐息を吹きかけないで欲しいです・・・余計につらい。
それから、社交界に参加して分かったことがもう一つ。
俺たち騎士予備校の生徒はダンスのレベルが非常に高いらしい。俺たちが踊ると、決まって周りから驚きの声が上がるのだ。これには俺のほうが驚きであった。
そうしてクリスに連れられていくこと数回、今度はクラスの貴族連中にもたびたび誘われるようになる。
若干面倒には思いつつも、社交の訓練になるならと頑張った俺であったが、さすがにこうも慣れないイベントが増えると、疲れも溜まってくるようで・・・。
特にその日は、帰りの馬車ですでに身体が重く、ダルさが凄まじかった。あまりの疲労に、服を脱ぐことすら面倒に感じるほどだった俺は、部屋に着くなりベッドに横たわり、そのまま眠ってしまう。
――熱い。身体が燃えているのではないかというくらいに。
息をするのも苦しく、視界もぼやけていてよく見えない。
とりあえずマリエルさんに薬をもらいに行こうと思った俺は、ふわふわとした意識の中、うまく働かない頭と鉛を詰められたかのように重たい身体を無理やり引きずって、部屋のドアノブを回した。
――次の瞬間。
眼前に広がっていたのは真っ白な空間だった。そして不思議なことに、先ほどまで感じていた息苦しさや辛さが嘘のようになくなっている。
ここはどこだろうか。まさか異空間?
寮の部屋のドアが、突如異空間に繋がる、なんてありえないよな? いや、誰かが魔法で罠を設置したとしたらありうるかも・・・。
そんなことをつらつらと考えていると、それは唐突に現れた。
影のように真っ黒な、しかしどこかで見たことのあるシルエット。そいつは少し高い位置から俺を見下ろし、ぶっきらぼうにこう言った。
「よう俺。こんなところで何やってんだ?」
彼はそう。以前、夢の中で見たあの青年だったのだ。




