87 似ていない者同士
ゆっくりと顔を上げたファイエット嬢は、妖精のように可愛らしい女の子だった。
透き通るような白い肌にスッと伸びた鼻と大きな瞳。そこに引かれた形のいい紅が、少女的な愛らしさと大人の美を両立しているように感じられる。
加えて、左目の端にちょこんと乗っかる泣きぼくろも、柔らかな愛嬌を感じさせる要因の一つかもしれない。
あまりの衝撃に、思わず目を瞠り固まる俺であったが、しかしありがたいことに隣にはクリスがいた。そして、彼は全く変わった様子もなく平然と応じる。
「これはファイエット嬢。本日はご出席頂きありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」
クリスのおかげで平静を取り戻した俺も、何事もなかったかのように続く。
「初めまして。ジェフリー・カーティスと申します。よろしくお願い致します」
そうして冷静になった俺は、ここであることを思い出す。
そういえばこの子、グレイシスって言っていたよな。
ってことは・・・あのグレイシス辺境伯の娘さんか!?
え? 本当に!? 親父さんと全然似てないぞ!!
ちょっと失礼だが、あんなクマみたいなゴリラみたいな化け物から、こんなに小さくて可愛い女の子が生まれてくるなんて全く信じられん!! どうなっているんだ?
俺の驚きが伝わってしまったのだろうか。ファイエット嬢はクスクスと笑いながら、
「そういえば、ジェフリー様はわたくしのお父様にお会いしたことがありましたわね。似ても似つかないと、驚かれたのでは?」
「あ、いえ、その・・・」
「よろしいですわ。よく言われることですもの。それに、お互い様でしょう?」
「え!? もしかして・・・」
「ええ。実はわたくしも、以前、カーティス卿にお会いさせて頂く機会がございましたの。ご子息はどんな方なのだろうと、色々と想像致しておりましたけれど・・・あまり似ていらっしゃらないご様子ですわね」
「あははは・・・」
グレイシス辺境伯に言われたな。父さんと全く似ていないって。ファイエット嬢も母親似なのだろうか。だとすると相当な美人なんだろうな。
まあ、それはさておき、
「ファイエット嬢に言うのも筋違いかもしれませんが、その節は大変お世話になりました。お父君やゴッド執事長、館の皆さまはご壮健でいらっしゃいますか?」
「ええとっても! お父様なんかジェフリー様を家に招いて以来、中庭で剣を振るようになったんですのよ! 騎士団を引退してから体が鈍ったなどとおっしゃって・・・執事長を引っ張り回しているようなのです・・・」
少々困り顔のファイエット嬢に、俺は何とも言えない気持ちになる。
「あははは・・・それは、大変お元気そうですね・・・」
まさか俺のせいなのか? いや、そんなはずはない。
きっと俺に昔話をしたせいだ。そうに違いない。
つまり・・・・・俺のせいか?!
俺の脳内ひとり相撲をよそに、会話は続く。
「ところで、お二人は現在、ギルバート叔父様の運営する騎士予備校へ通っていらっしゃるとか。やはり来年は、騎士学校へご入学されるご予定なのですか?」
「はい。絶対に試験を突破し、騎士学校へ入学するつもりです! そして、素晴らしい友人たちと、もっともっと切磋琢磨したいと思っています!」
「私も騎士学校へ通うつもりです。父のような立派な騎士になり、いずれ英雄と呼ばれた父を超えるのが私の夢ですから!」
思わず前のめりに語ってしまった俺たちであるが、その様子が可笑しかったのか、ファイエット嬢はにこりと笑ってこう続ける。
「それではわたくしも、陰ながら応援させて頂きますわ。ぜひ、来年、騎士学校へご入学くださいませ!」
“来年”を強調していたように感じられたのは気のせいだろうか?
まさか彼女も騎士学校に?・・・なんてな。身のこなしを見ても、とても剣を振っているようには見えなかったし、ありえないだろう。
俺はどうでもいい疑念(気のせい?)を振り払い、ファイエット嬢たちとの会話をしばらく続けるのだった。




