86 小さな妖精
会話がひと段落した俺たちのもとへ真っ先にやってきたのは、キルトン兄妹だった。
いつもよりもキリっとした表情の二人は、クリスに向かって姿勢を正し、
「「本日はお招き頂き感謝致しますクリス・マグズウェル殿」」
と揃って謝辞を述べる。
そしてそのまま俺のほうを向き、それぞれに挨拶してきた。
「ジェフリーししょ・・グッ!・・・カーティス殿とも、このような場でお会いできるとは大変嬉しく思います!!」
「ジェフリー・カーティス様。そのお姿、大変凛々しく、本物の王子様かと思ってしまいましたわ! 本日は兄共々よろしくお願い致します!」
さすがサーヤ、実にしっかりしている。さり気なく褒めてくれるところとか完璧な淑女っぷりだよ。初っ端から双子の妹に肘鉄を喰らっているカフスとは大違いだな。
で、カフス、お前はいつもこんな感じなのか? ちょっと心配だぞ・・・。
「私のほうこそ、初めてのお茶会でお二人にお会いできるとは大変心強い。本日はよろしくお願い致します」
軽い挨拶を済ませて離れていく二人。
お互いまだまだ挨拶周り(俺たちはほぼ待ちだけれど)をしなければならない状況だから仕方がない。落ち着いたらまた合流することにしよう。
キルトン兄妹を皮切りに、騎士予備校のクラスメイトや遠巻きに様子を伺っていた人たちがぽつりぽつりと挨拶に訪れた。
とりあえずクリスのそばにいれば、ついでに(?)こちらにも挨拶してくれるという流れであるので、非常に助かる。俺には出席者の名前も家柄も分からないからね!
・・・でもさ、クリス。俺たちの周り、やけに女の子が多くないか?
いや、クリスが女性人気の高い美少年であることはもはや自明の理だし、このお茶会が婚約者探しの一環なのは分かるよ。でもね、そうは言ってもね・・・。
ここまで囲まれたら、もうどうしようもないだろう?
この子たち目がギラギラしてるんだよ!!
キラキラじゃなくてギラギラなんだよ!!
完全に魔物が獲物を狙う時の目だよ! 怖いんだよ!!
俺は崩れそうになる笑顔を必死に守りながらも、心の中で思いっきり悲鳴を上げる。
モテ期とか調子に乗って本当にすみませんでした!
改心したので許してくださいお願いします!
ああもうホント誰か助けてくれ!!!
などと、俺が訳の分からない懺悔を始めたその時である。
先ほどまで俺たちを囲んでいた女の子たちが、急に静かになり、サッと左右に退いていく。
やがて奥から現れ出でたのは一陣の春風。緩く巻いた淡い桃色の髪を優雅に躍らせながら、ゆっくりと歩く小さな女の子だった。
背丈は俺の胸くらいのはずなのに、堂々とした立ち姿がそれを全く感じさせない。いや、それどころか、彼女の放つ圧倒的な存在感に、こちらがのまれそうになるほどだ。
女の子は実に優美な足取りで俺たちの前までやって来ると、流れるような動作でスカートの端を少しだけつまみ一礼。
「お初にお目にかかります。グレイシス辺境伯家長女、ファイエット・グレイシスでございます。本日はお招き頂き誠にありがとう存じます。どうぞよろしくお願い致しますわ。」
簡潔な自己紹介と謝辞を述べるのだった。
“ファイエット”はフランスの女性名で“小さな妖精”という意味を持つらしいです。サブタイトルはそこから・・・




