閑話 親友が欲しい
クリス視点の閑話となります。
お読み頂ければ幸いです。
ボクはクリス・マグズウェル。
マグズウェル伯爵家の次男だ。
兄は非常に優秀で、尊敬できる人だったが、ボクが7歳のときに流行り病で死んでしまった。優しい兄が大好きだったボクは兄の亡骸にしがみつき、涙も声も枯れ果てるほど泣き喚いた・・・そんなことしても兄は生き返られないのに。
兄が死んでからボクの生活は劇的に変わった。
兄の死によってボクが家の跡継ぎになってしまったためである。
マグズウェル伯爵家を継ぐために必要な教育は、逃げだしたくなるほどに厳しくつらいもので、座学に礼儀作法、ダンスといった社交技能を徹底的に叩き込まれた。
息抜きと言えば剣術の授業で木剣を振ることくらいだった。
それが楽しくて、夢中になって。気づけば先生を打ち負かすほどの技量を身につけていた。
そんな二年間を過ごしたある日、ボクに弟ができた。
最初は飛び跳ねて喜んだボクだったが、
「この子を跡取りとして育てよう」
父のこの一言によって、景色は一瞬で色褪せていく。
なんで? どうして? あんなに頑張って来たのに!
あれほど厳しい教育にも耐えてきたじゃないか!!
必死に訴えるボクに父は言った。
「生まれたばかりのこの子になら完璧な跡取り教育ができる。中途半端なお前よりも余程優秀に育つことだろう。お前には剣の才能があるから騎士にでもなりなさい」
怒りなんてものは湧いてこなかった。あるのはどうしようもない虚無感と自分が必要とされていないことへの絶望。
ふらふらとした足取りで部屋を出たボクは、いつの間にか兄の墓の前に来ていた。
そのまま頽れたボクは兄の墓石にしがみつき、二年前と同じように大声を上げて涙を流す。
しとしとと降る冷たい雨だけがボクを優しく撫でてくれた。
――どれくらい経ったのだろう。
知らぬ間にボクは暖炉の前に横たわっていた。
どうやら雨の墓地で眠ってしまったらしいボクを、誰かが介抱してくれたみたいだった。正直、自分がどうなろうが、もはやどうでもいいんだけれど・・・。
そう思いながら辺りを見回す。
知らない家。置かれた調度品は一級。
下手をするとボクの家より格上かもしれない。
そうして少しばかり気後れするボクの耳に、
「おや。お目覚めかい?」
落ち着いた男性の声が届く。
それに応えようと口を動かすが、
「・・・」
声が出なかった。
「あ~大声を出し過ぎて喉がやられちゃったのかな。う~ん、それじゃあ」
男はしばし思案顔をすると部屋の奥に戻り、一杯のお茶を淹れてきた。
「これを飲みなさい。ゆっくりね」
ボクは言われた通り、ゆっくりとお茶を飲み干す。その温かさが全身を、そして胸の奥をじんわりとほぐしていくのが心地よかった。
そして、
「ありがとうございます!」
気がつけば声が戻っていた。
それからボクの調子を確認すると、男は静かに問うてくる。
「ふむ。もう大丈夫そうだね・・・それで? どうしてあんなところにいたんだい?」
「え~と・・・」
ボクの逡巡を読み取ったのだろう。男は貴族らしく右腕を軽く折って一礼し、自己紹介をしてきた。
「ああ、これは失礼。私の名はギルバート・グレイシス。グレイシス辺境伯家の次男坊さ」
「あっ! え、と、クリス・マグズウェルです! よろしくお願いします!」
ボクも慌てて自己紹介をする。恥ずかしい・・・。
ギルバート様は少し笑ってから、もう一度問うてきた。
「それじゃあ、改めて。どうしてあんなところに?」
「それは・・・」
ボクはこれまでの話をギルバート様にゆっくりと聞かせた。
――二時間後。
ようやく話し終えたボクに、ギルバート様は言った。
「良かったら、私の運営する騎士予備校に通ってみるかい? ここには、君のように剣の才能のある子たちを集めているんだ。その中で切磋琢磨し、真の友を、そして君を必要としてくれる仲間を作ればいい。」
そんなの本当にできるのだろうか。
あっさり裏切られたりするかもしれない。
・・・怖い。
「ボクに、できますか?」
「そうだね・・・うん。少なくとも一人は。ふふふっ!」
ボクの怯えを知ってか知らずか、ギルバート様は言いながら急に笑い出す。
「・・・」
「ふふふっ! いやすまない。昔から口を開けば “騎士になりたい” とばかり言ってくる知り合いの子がいてね。きっとその子なら君の親友になってくれるだろうと思ったんだ。あの子の努力と才能は君にも良い刺激になるだろう。まあ返事は焦らなくていい。もし君がその気になったのなら、来年、この場所へ来たまえ。歓迎しよう」
それからギルバート様は手書きの地図を紙に書くと、ボクに渡してきた。
――一年後。
騎士予備校の入校初日。
ボクはまさかの失態を犯す。
遅刻だ。それも大幅な。
気づいたときには日も暮れて、新入生の交流会は終わっていた。
“友達作り失敗”
絶望の淵に叩き落とされたボクは、しかし奇跡を目の当たりにする。
慌てて向かった教室、その窓から夕暮れの赤色を眺めて静かにたそがれる一人の少年。
ボクの救世主。
ボクの親友。
ボクを必要としてくれる存在。
彼こそがジェフリー・カーティスである。
ジェフ君と知り合ってから、ボクの人生は大きく変わった。
毎日が楽しく、満たされる日々。
ジェフ君のおかげでクラスのみんなとも仲良くなれた。
休日の多くは社交界やらお茶会(という名の婚約者探し)やらに駆り出されていたが、学校で知り合った貴族仲間たちと過ごすのが楽しく、昔ほど苦ではない。
もちろん、何もない日は決まってジェフ君たちと王都を散策することにしているが。
そんな充実した日々も、あっという間に一年が過ぎ、いつの間にか新たに後輩が入って来た。そしてこいつらが今、ボクの平穏を脅かそうとしている。
四六時中ジェフ君を追い回し、ところ構わず勝負を挑んでいるのだ。
そのせいでここ最近はジェフ君との交流が減ってしまった。
・・・寂しい。
この由々しき事態を何とかしようにも、この原因を作った後輩マリウスには、悔しいが勝てそうもない。
そうして考えに考えてひねり出した苦肉の策が、
「ボクと一緒に社交界やお茶会に参加してもらえばいいんだ!」
ということである。
――一通り話し終え、ボクはジェフ君に謝る。
「勝手に連れてきてごめん。でも、こんなことしか思いつかなくて・・・もう嫌われちゃったかもしれないけど・・・ボクは・・」
頭を下げるボクにジェフ君は溜息をつきつつ、
「はぁ~~~そんなことか。心配させんなよ! 俺たち親友だろ?」
と言って、何でもないことのように笑ってくれる。
ああ、やっぱりジェフ君は・・・。
ボクはあくびをするふりをしながら、こっそりと目じりを拭う。
それから満面の笑みを作って言うのだった。
「ありがとう!!」




