80 クリスの奇行?
作中に“ドレス”という単語が出てきますが、これは女性用のひらひらした物ではなく、広義的な“正装、制服”という意味で使っています。ご注意ください。
――休日。
俺は朝の日課を終わらせて、今日は久々にゆっくり過ごそうか、などと考えながら部屋へ続く廊下を歩いていた。
するとそこへクリスがやって来て、
「ジェフ君おはよう! さっそくだけどボクについてきて!!」
俺の手を引いて駆け出した。
あまりに唐突過ぎて訳の分からない俺は、少し強い口調でクリスに問いかける。
「おいおい何なんだ! いきなりどうしたんだよ!!」
しかしクリスは、
「いいからいいから!」
そう言って、まともな応答をよこさない。
それから俺たちは寮の玄関を出て、やがて校門へ。
――そこに待っていたのは一台の馬車。
漆塗りのように艶のある美しい黒色の車体と極上に映える金の装飾が圧倒的な存在感と高級感を漂わせており、側面に輝く翼を広げたペガサスのような紋章は貴族の証。
「お前、これ・・・」
「いいからいいから!」
俺はクリスに押されるまま、その豪華すぎる馬車に乗り込む。
押し込まれた馬車の内装は、鮮やかな朱色のふっかふかなレザーシートと落ち着いた色彩の花柄カーテンという実に洒落たものであった。
その素晴らしい内装を眺めて感嘆の息を洩らしていると、いつの間にやら馬車が走り出した。落ち着きを取り戻した俺は対面に座るクリスに向かってもう一度問う。
「クリス。いい加減教えてくれないか? 俺たちは一体どこに向かっているんだ?」
「フッフッフ! 何を隠そう、これから向かうのはボクの家さ!」
「はっ!? なんで急に?」
「実は今日、ボクの家でお茶会があるんだ!」
ちょっと待て。この流れは・・・。
「せっかくだからジェフ君も一緒にどうかな~と思ってね。連れてきちゃった!」
いや、連れてきちゃったじゃねぇよ!!
こんな格好でお茶会? 仮装大会の間違いだろ?
だいたい俺なんて社交界にも呼ばれない、貴族とも呼べないような馬の骨だぞ!
そんな奴を実家主催のお茶会に連れていくとか、こいつ正気か?!
だが、俺の動揺もすでに織り込み済みのようで、クリスは得意顔でニヤつきながらこう言う。
「大丈夫! 今日のお茶会はボクらと同年代の人たちの集まりだし、ジェフ君のパーティードレスはこっちで用意済み。礼儀作法も学校の授業で完璧だったから問題ないと思うよ! それにボクが一日ついているから心配はいらない! 万が一困ったときにはキルトン兄妹もいるから万全さ!!」
え? サーヤもいるの? なら安心だな。
カフス? あいつはおまけだろ?
ふぅ~。まあいいや。ここまでされたら参加しないなどとは言えそうもない。
ようやく諦めのついた俺は、ふと湧き上がってきた素朴な疑問を投げかける。
「でもなんで俺を連れてきたんだ? わざわざドレスまで用意してさ。面倒だっただろ?」
何気ない質問だったのだが、なぜかクリスは慌てた様子で、
「ほ、ほら! やっぱり授業だけじゃ身に着かないこともあるし、こういうのは経験しておかないと! それに騎士学校に行ってからも色々とこういう場はありそうだし!」
と一息にまくし立てた。
「・・・たしか魔法学園との合同パーティーだっけ?」
「そうそう! 毎年年末に開催されるってやつ!」
この合同パーティーは数年前、今の学校長になってから始まったものらしく、社交の実戦訓練を目的としているという。
理由は言わずもがな、騎士学校や魔法学園を卒業した者は、そのほとんどが王国騎士団および魔法師団に所属するため、平民であっても社交界へ出席させられる場合があるからだ。
そして平民から成り上がろうとする者にとって、これは大きなチャンスともなる。社交界を通して貴族や有力者の知己を得られれば、出世できる可能性がグンと上がるのだ。
そういった意味で社交を実戦で学ぶことは非常に有益なことである。
だから、俺にとっては今日のお茶会もとても良い経験になるはずだ。
ということは分かっているのだが・・・。
「クリス、もう一度聞くぞ。なんで俺を連れてきた?」
先ほどのクリスの態度が気になって、俺は再び質問を繰り返す。
――ジッと見つめることしばし。
ようやくクリスが観念したようで、
「・・・はぁ~分かったよ。言うよ。でも、笑わないでくれる?」
栗色の髪の毛をいじりつつ上目遣いに聞いてくる。
「ああ。笑わない」
「絶対?」
「絶対」
「・・・」
おい。何なんだよその潤んだ瞳は。
男に使う技じゃねぇぞ。
「いいから話せって!」
「・・・うん」
それからクリスは訥々と話しはじめた。
仮装大会でも女装大会でもないのでご安心を。




