75 犯人はカス
いかにも面倒くさそうな雰囲気を察した俺とザッシュは、とりあえず知らないふりをしてその場をやり過ごした。このまま平穏無事に騎士予備校を卒業できますようにと、ひたすらに願いながら。
まあ問題を先送りにしただけなので、いつかはそのツケを払わされるのだろうけれど。今は勘弁してほしい。
ああ! 相手にしたくない! 面倒くさい!
そしてなにより、因縁の相手って・・・・何を言っているのかさっぱり分からん!
きっと何かの間違いだ。人違いかもしれない。
俺と“あいつ”の間に因縁なんてないはずだ。
俺は“あいつ”から逃れるための言い訳を必死に考え、悩みまくった。
いっそバレないようにやり過ごそうか。そんなふうに淡い願いを胸に抱いていた俺だったが、しかしあっさり身バレする羽目になる。
犯人はカフス・キルトン。略してカス!
その日は珍しく、剣術の授業がまるまる摸擬戦に使われた日だった。
ウィル教官が言うには、優秀な俺たちの姿を新入生に見せて競争心を煽り、やる気を引き出したいとのこと。
俺たちはいつも通り何組かに分かれて摸擬戦をしていたのだが、しばらくすると何人かの新入生が近づいてくる。そしてその中に一人、明らかにおかしい奴が混ざっていた。
頭一つどころじゃなく、三つ分くらい飛び出した少年、例の“あいつ”である。
“あいつ”は俺の姿を認めると、途端に花が咲いたような満面の笑顔になり駆け寄ってきた。
「せんぱ~い!」
俺はとりあえず無難に返す。
バレたら面倒だからな。
「お、おう。調子はどうだ?」
「まあまあって感じですね。対等な相手がいないので、ちょっとつまらないですけど」
いや、そりゃあそうだろ!
他の新入生たちと見比べてみても、お前だけ明らかに体格がおかしいし、鍛え方が違いすぎる。普通の奴が敵うはずないわ。
「ま、まあこれからだろ。気を抜くなよ」
「はい! 俺にも決して負けられない相手がいるので!!」
「それってやっぱり・・・」
「ところで、どなたがジェフリー・カーティスさんなんでしょうか? 見た感じここが一番強そうなグループだったので、この中の誰かだと思ったのですが」
おっとマズい。このままだとバレる!
「あ、いや、あいつ、今日は休んでるんだ。ちょっと具合が悪いらしくてな・・・」
俺は咄嗟に苦し紛れの嘘をついてしまった。
「はぁ。そうなんですね・・・・・あっ! それじゃあせんぱい、一つ伝えてもらえませんか?」
「ん? なにを?」
彼は俺をジッと見つめながら、右の拳を勢いよく突き出してこう言った。
「俺の名前はマリウス。ダンダリウスの孫としてお前をぶっ倒しに来た。首を洗って待ってろよって」
あれ? これ、すでにバレてんじゃね?
いやいや、そんなことないよな。
きっと気のせいに違いない。
まだいける! なんとしても隠すんだ!
って、そんなことよりダン爺の孫って本当か!?
以前グレイシス辺境伯に昔話を聞かせてもらった際、父さんたちの師匠ダンダリウスさんには、俺と同年代くらいの孫がいるって言っていた。一つ年下だったのか・・・。
因縁の相手っていうのはよく分からないが、すごく親近感がわく相手であるのは確かだ。お互いに偉大な親族をもつ者同士だからね。
しかしそんな相手をわざわざこの学校に連れてきたってことは、辺境伯もギルバートおじさんも当然知っていたわけだ。そして、敢えて俺に何も言わなかったということは、きっとこの状況を面白がっているに違いない。
はぁ~どうするかな・・・。
急激に湧いてきた何とも言えない親近感に、もうバレてもいいかな、などとほんの少しだけ思っていたそんなとき。
「ジェフリー師匠! 一戦お願いします!!」
カフスが大声で勝負を挑んできたのだった。
しかも間の悪いことに俺の名前をしっかり叫ぶという暴挙。
なんで今日に限って名前まで言っちゃうの?!




