72 寮母さんにはお見通し
教室に取り残された俺は、とりあえず寮に戻ろうと、一人歩いていた。
日が落ちた帰り道は真っ暗。
一人重い足取りでトボトボと歩く俺に、後ろから近づいてくる足音が一つ。
「ジェフリー様ですか?」
それは聞き覚えのある声だった。
「・・・マリエルさん?」
寮母のマリエルさんである。
「なんだか元気ないように見受けられますが、何かございましたか?」
「え~と、自分もよく分からなくて・・・」
なんと言ったらいいのだろう。上手く言えない。ただただよく分からないモヤモヤだけがグルグルと渦を巻いてとても気持ちが悪い。
「そういう時こそ、寮母の出番です。なんでも言ってください」
マリエルさんは優しく微笑むと、静かな口調でそう言った。
その柔らかな雰囲気に自然、俺は先ほど起こった出来事をゆっくりと話しだす。
「実は、今日の授業で回復魔法を習ったんです。その時、隣同士でペアを作って・・・」
俺が話し終えると、
「うふふふ! あらあらまあまあ。そういうことですか」
マリエルさんは上機嫌(?)に笑い、しきりに頷く。
何がそんなにおかしいのか。
「あの、マリエルさん・・・?」
「うふふふ! 申し訳ございません。つい・・・」
「・・・」
いや、本当に何がそんなにおかしいんですか!?
こっちは真剣に困ってるんです!
マリエルさんは少し考える素振りを見せたあと
「そうですね・・・じゃあ、まず身近な異性を想像してみましょう」
「身近な異性、ですか?」
「ええ。どんな方でもいいです」
「はい」
まあ、真っ先に思い浮かぶのはティナだよな・・・。
「では、その方に自分がみっともなくボロボロに負けた試合を見られたとします。どう思いますか?」
う~ん。前にやったギルバートおじさんとの摸擬戦とか?
「いや、特になにも・・・」
負けたのは悔しいけど、それだけだ。次は勝つ!
「う~ん。そうですね・・・では、恥ずかしい日記帳を想像してください」
「日記帳、ですか?」
「自分で書いた英雄物語でもいいです」
「な、なんでそれを!?」
「うふふふ! まあまあいいですから」
いやいや、マリエルさん!
も、もしかして入りました?
入ってあれを見ちゃいました?
まさか管理者権限でマスターキー的なのを持ってたりします?
ひぃいいいい!
それだけは内緒にしてください!!
「ぜ、絶対に見られたくないです! 全力で隠したいです!!」
「うふふふ! そうですよね? ジェフリー様と同じように、誰しも見られたくないものは隠しておきたいものです。それが異性ならなおさら。それは、マルティナ様も同じです」
「た、たしかに!」
そうか! そうだったのか!!
ティナは女の子。
傷だらけの腕は女として、とても恥ずかしい。
男の俺に見られるとなればなおさら。
だからどうしても見せたくなかった。
こういうことか!!
スッキリした俺の顔を見て、マリエルさんは優しく微笑む。
そして、
「ところで、ジェフリー様にはお慕いしている方はいらっしゃいますか?」
よく分からない質問を一つ。
「え? お慕いって・・・す、好きってことですか!? そ、そんなのいませんよ!」
慌てて否定する俺に、マリエルさんは少しだけ困った顔をしながら、
「あらあら。まだまだ道のりは遠そうね・・・頑張って」
なぜかあさっての方向にエールを送った。
・・・どういうこと?
俺は疑問に思いながらも寮に帰っていくマリエルさんのあとを追った。




