閑話 とある少年の思い
どうしても書きたくなりまして……今回は閑話です。
お付き合い頂けますと幸いです。
俺は孤児院で育った。
母親が獣人族で父親が人族のハーフである。
孤児院のシスターから聞いた話だと、両親は行商人であったらしく、俺は一時的に預けられた子供だったとのこと。
しかし、両親は一向に孤児院に顔を見せることはなく、一切音沙汰がないという。
俺は捨て子としてそのまま孤児院で過ごすことになった。
この話を聞かされた時は、はやく大きくなって両親を探したいと思っていた。なんで俺を捨てたのか、その理由が知りたかったからだ。
でも、孤児院で生活しているうちにそんなことはどうでもよくなった。
孤児院には俺と同じような子供たちがたくさんいて、正直顔も知らない両親なんかよりも、こいつらのほうがよっぽど家族らしいし、大事だと思えたから。
それからは勉強も鍛錬も一生懸命頑張った。勉強はシスターから、剣術は孤児院に寄付しに来てくれる騎士様から教えてもらう日々。
いつか俺も騎士になって孤児院を守りたい。自然にそう思った。
そんな毎日を過ごし、十歳になったころ。
ある日孤児院に現れた、凄く上等そうな服を身に纏った騎士様(あとから聞いたらギルバート様というらしい)が、俺を呼んでいるという。
シスターに連れていかれた応接室で、ギルバート様は俺にこう言った。
「騎士予備校に通ってみる気はないか?同年代の騎士候補生たちと切磋琢磨すれば、騎士学校入学の近道になるだろう。」
そんなお金はない。ここは孤児院だぞ!
それに、今の俺の実力なら騎士学校への入学も可能だろうと、いつも孤児院に来てくれる騎士様が言っていた。だからそんなの必要ない。今すぐ断ろう。
そう思ったのだが、
「もし、より高位の騎士を目指すなら教養や礼儀作法も完璧でなくてはいけない。それに、自分よりも強い相手がいるということを早めに知っておくのも必要なことだよ。上に行くためにはね。まあ、焦らず考えるといい。授業料くらいは免除させてもらうよ。」
というギルバート様の話を聞いて、少し揺らいだ。
高位の騎士になればお金も多く貰えるだろうから、孤児院の運営も助かるんじゃないかという安直な考えだったが。
それから騎士予備校に入校した俺は、授業開始の初日にとんでもない奴らと出会う。
一人はジェフリー・カーティス。
こいつはダメだ。規格外すぎる。
本当に俺と同年代か?
すでに修羅場を潜り抜けた猛者の風格が漂っている。
二人目はクリス・マグズウェル。
ジェフリー程ではないが、こいつもヤバい。
どう見ても実戦経験があると思われる。
一見温厚そうに見えるが、キレたら危険なタイプだろうな。
このほかにも何人か強そうな奴はいたが、今のところ俺のほうが強いだろうという感じだった。最近、急激に力を伸ばしているから警戒しておとかないと。俺のほうは社交ダンスや礼儀作法が全くできてないせいで精一杯だっていうのに!
そんな騎士予備校の生活にも大分慣れてきた俺は、久々に孤児院を見に行くことにした。
あいつら、元気でやってるかなぁ。
俺は久しぶりの孤児院に思いを馳せる。
「おーい!シスター!みんな!」
しかし、俺の呼びかけに答える声はない。
「おーい!どこだ~?」
教会、孤児院、裏庭、畑、どこを探しても誰もいない。
どうした!何があった!
俺はよく分からない焦燥感に駆られながら、周辺を探し回る。
「はぁはぁ。みんな、どこに行ったんだ!」
結局いくら探し回っても見つからず、俺は一人教会に戻った。
最前列の長イスに項垂れたまま、どれくらい経ったのだろうか?
気づけば日が大きく傾き、教会には太陽の赤い輝きさえ届かなくなっていた。
いい加減寮に帰ろう。そう思った時だった。
「あれ?ザッシュ君?」
「あ!ザッシュにぃだ!」
「ん?ザッシュだって!?」
教会の入り口からシスターやみんなの声が聞こえてきたのだ。
「・・・み、みん・・な・・どう・・し・て・・」
どうしようもない安堵感と大切な家族にやっと会えた喜びと、それから俺の気も知らないでという少しの怒りと。そんなたくさんの感情が一気に溢れて止まなかった。
「ひっぐ。えっぐ。み゛ん゛な゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「え!どうしたの?!」
「ザッシュにぃが泣いてる~だっせえ~」
「くっくっく!何泣いてんだよザッシュ!あははは!だっせぇな!おい!」
「う゛る゛せ゛ぇ!」
一頻り泣いたおかげで大分落ち着きを取り戻した俺は、シスターたちに話を聞いた。
「それで、どうして日中誰もいなかったんだよ!」
「実はね・・・」
話しに聞いたところによると、最近寄付金が少なくなっているらしく、だんだんと経営状態が悪化していっているとのこと。
このままだと食べるものも買えず、最悪孤児院が取り潰しになる可能性があるため、今はみんなで少しでも働き、孤児院を維持しようと頑張っている状態らしい。
「もしかして、俺が!・・・」
「違うわ!」
「ちげーぞ!」
俺が出ていったせいなのか?そう聞こうとしたら、みんながすぐさま否定した。
「でも!」
「むしろ食い扶持が減って助かってるくらいだって!」
そんなわけがないと思った。
獣人とのハーフとして生まれた俺は、小さい頃から身体能力が高かったため、冒険者活動をしてお金を稼ぎ、孤児院を支えていた。そんな俺がいなくなったら、当然生活も厳しくなるはずだ。
「お前は騎士になるんだろ?そしたら俺たちに美味い飯でも食わせてくれよ!なぁ?」
「ザッシュ兄ちゃんは俺たちの希望なんだからさ!」
「みんな・・・。」
きっと、俺のためだ。俺が迷って道を見失わないように、諦めないように、背中を押してくれているんだ。
そう思ったら、もう何も言えなかった。
ただ一つ。俺はみんなへの感謝を抱いて前に進もう。
たまに稼いだお金や美味しいものを差し入れたりするくらいはいいだろう。
この恩を精一杯返すんだ!
――・・・しばらく経ったある休日。
俺はとんでもないバケモノから全力で逃げていた。
「おいおい!嘘だろぉぉぉおおおお!!」
なんでこんなところにサラマンダーがいるんだよ!ちょっとドラゴンテイルでも狩って、孤児院に寄付金と美味い肉でも持って行ってやろうと思っただけなのに!
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅうううう!!」
俺は洞窟の外を目指し、とにかく全力で走った。
やがて暗闇の中に一点の輝きが見える。外だ!
「よし!もうちょっと!」
その光目掛けて一心不乱に走り、ようやく洞窟を脱出した俺であったが、
「うおっ!?」
勢いあまってつまずいてしまう。
ヤバい!死んだ!
と思ったが、運がよかったのか、サラマンダーは俺の頭上をそのまま通り越し、対岸の断崖へと突き刺さった。
俺はすぐさま立ち上がり、様子を伺いながら少しでも距離を取ろうと、再び駆けだす。
と、前方から走ってくる冒険者らしき女性が一人。さらにその女性に少し遅れて、見覚えのある男が別の方向へ走っていく。
バカだ。敵うはずない!
俺は構わず、追ってきたサラマンダーを女性冒険者になすりつけ、少し離れた岩陰に隠れる。
「はぁはぁはぁ・・・」
とりあえず息を整えよう。そう思った時だった。
「グァアアアアア!!」
恐ろしい咆哮が俺の鼓膜を大きく揺らしたのだ。
「ひぃいいい!」
さっきまでは全く聞こえていなかったそれが、一瞬にして俺を安堵から絶望の淵へと叩き落とす。
怖い怖い怖い怖い!!
手足の震えが、カチカチとなる顎が、激しい動悸が、俺に“死”を突き付けてくるような気がした。
死にたくない死にたくない死にたくない!!
「ざっ!」
どうしようもない絶望に支配された俺の前に、先ほどの男が現れた。
俺は思わず声をかける。
「おい!お前!」
男はこちらへ目を向け、
「なに?」
なんということもない声で問いかけてくる。
まるで道端で声をかけられたみたいな反応だ。
「・・・」
あまりにも自然体なその態度に、俺は呆気に取られてしまう。
放心して黙っている俺に苛立ったのか、男は怒鳴りつけてくる。
「急いでいるんだ。早くしてくれ!」
た、たしかこいつ、騎士予備校のジェフリーだったよな。
「お、お前。ジェフリーだった、よな?」
ちょっと首を傾げた様子からすると、向こうは俺のことなんか記憶にないらしい。
「え~と、誰だっけ?」
特に気にした風もなく平気で誰何してきた。
「・・・ザッシュだ。」
「雑種?」
「発音がおかしい!ザッシュだ!」
俺はれっきとした獣人族だ!雑種犬じゃねぇ!
「ああ、悪い悪い。で、何の用だ?急いでいるんだが。」
「え、えっと、その・・・た、戦うつもりか?アイツと。」
「お前は戦わないのか?」
「あ、当たり前だ!あんなのに敵うはずない!死ぬぞ!」
「お前、何しに洞窟に入ったんだ?」
「お、お金、稼ぎたくて。あそこなら、ドラゴンテイルがいるかもって・・・そしたら・・・」
まさかあんなバケモノが出てくるなんて!
「・・・お前も金欠なのか?」
先ほどの咆哮を思い出してジェフリーの問いを聞き逃してしまった。
なんて言ったんだ?
「キン?何だって?」
「いや、何でもない。なんでそんなにお金が欲しいんだ?」
「お、俺、孤児院育ちなんだ。でも、最近寄付金が集まらないらしくて、その孤児院潰されそうで・・・俺、少しでも恩返ししたくて・・・」
たまにでもいいから、あいつらに楽をして欲しい、喜んで欲しい。
そう思ってここへ来たんだ。
「じゃあなんで、こんなところで小さくなってるんだ?」
「だ、だって、あんなの・・・し、死にたく・・ないし・・・。こ、怖くて足が震えるんだ!剣だってまともに振れやしない!」
立ち上がろうにも足に力が入らない。あの咆哮を聞いただけで心臓が止まりそうなくらい怖い。こんな俺じゃあ、あのバケモノを倒すことなんてできやしない。
「ならそこで蹲ってろ!・・・お前は騎士にはなれやしない。」
ジェフリーはこんな弱い俺に呆れたのか、失望したのか、そんな言葉を吐き捨てるように言うと俺に背を向けた。
「こ、怖くないのか!あんなバケモノと戦うんだぞ!」
俺はその背中に思わず叫ぶ。
ジェフリーは振り返ることなく、
「怖くないって言ったら嘘になるかもしれない。でも、俺は強くなるって決めたんだ。そして目の前のもの、大切なもの、その全部を守ってみせる。だから逃げない。これが俺の騎士道だ。」
と、静かに、しかし強い意思のこもった口調で語り、そのまま走っていった。
「俺は・・・」
俺にだって大事なものがある!
守りたいものがある!
でも、ここで死んだらどうしようもないじゃないか!!
逃げる?
それが一番だ。
本当に?
あんなバケモノに突っ込むなんて無謀すぎる!
あいつらに胸を張れるか?
仕方ないじゃないか!
そんなんで騎士になれるのか?あいつらを守れるのか?
お前は騎士にはなれやしない。
ジェフリーの言葉が甦る。
「くっ!!」
俺はどうしたら・・・。
戦闘は次回からとなります。




