61 大物の予感
「え~と。ここがタタン渓谷ですか?」
「ええ、そうみたい。思ったより随分と深い渓谷ね。幅もかなりのものだわ。」
王都を出てしばらく、気づけば俺たちの真下には垂直に切り立った断崖絶壁が広がっていた。
どうみても数百メートルはある。いや、下手すると千メートル近いかもしれない。普通に落ちたら助からないだろう深さである。
「ど、どうしますか?」
「ん~まあ、これくらいならイケそうね!」
さっすがパイさん!高ランク冒険者だ。これも想定済みらしい。
と思ったのだが、
「【身体強化】!」
パイさんはいきなり身体強化の魔法を発動した。そして全く気にした風もなく俺に声をかけてくる。
「さ、行きましょ!」
「・・・・・・え?」
ま、まさか生身でおりる気ですか!?
「下流まで歩いていたら日が暮れてしまうもの。このままおりたほうが早いわ!さ、ジェフ君も早く身体強化を使って!」
「えっと、渓谷をおりるの、はじめてなんですけど・・・」
「大丈夫!私の後についてきて!」
や、やるしかない!ジェフリー、男になるんだ!
俺は少し緊張しつつ呪文を唱える。
「【身体強化】!」
「それじゃあ、私がおりた足場を辿ってきてちょうだい。」
言うが早いか、パイさんはさっさと崖をおりていった。俺もその後を追う。
――…数分後。
俺たちはあっさりと渓谷の底へ到着した。
普段の訓練では全く意識していなかったから分からなかったが、身体強化のおかげでジャンプ力が大幅に上昇しているため、滞空時間が長く感じるのだ。
渓谷をおりているときの感覚はまるで、空を飛んでいるかのような爽快感さえあった。『チョー気持ちいい!!』と叫んでしまいたくなるくらいだ。
そんな余韻に浸っていると、パイさんがこちらに話しかけてきた。
「どう?意外とイケたでしょ?」
「はい!むしろ楽しかったくらいです!」
「さっすがジェフ君!いいセンスだわ!」
パイさんも楽しかったみたいだ。実に気が合いそうである。
「それじゃあ、さっそくドラゴンテイルを探しましょ!大きな尻尾を引きずって歩くらしいから、まずはその跡を見つける必要がありそうね。」
「はい!」
タタン渓谷の底は、所々に大きな岩が点在するものの、ほとんど平らな歩きやすい地形だった。真ん中を流れる川もほとんど水はなく、枯れ川のような状態となっている。
ただ、谷全体が風の通り道になっているようで、時折り前方から物凄い突風が殴りつけてくるのには注意が必要だ。気を抜くと飛ばされてしまいそうになる。
しばらく渓谷を歩いていると、何やら引きずった跡のようなものが見られた。幅にして三メートルはありそうな太いやつだ。
「パイさん!これって・・・」
「ええ。おそらくドラゴンテイルの通った跡だと思うわ。・・・でもちょっと変ね。」
「やっぱり、大きすぎますか?」
「う~ん。聞いた話だと、大きくてもこの半分くらいだって言っていたもの。」
そう。聞いた話によれば、ドラゴンテイルの全長は大体大きくて十メートル程度。胴体は小さめで尻尾が異様に太く長いらしい。
しかし、流石に三メートルもの幅がある尻尾はサイズ的に異常だろう。この跡を残した魔物はかなりの大物ということだろうか?
「とりあえずこの跡を追ってみましょう!」
「そうですね!」
俺たちは渓谷を慎重に進むことにした。




