37 魔法適正
ひとしきりじゃれついた(?)師弟は、ようやく落ち着き、こちらへ戻ってきた。
アンヌさんは実に美しい所作で腰を折り、優雅に一礼する。
「改めて、私がミレーヌの師、アンヌ・シュルツェンだ。いちおうシュルツェン子爵家の長女という身だが、堅苦しいのは苦手でね。そんなにかしこまらなくてもいいよ。」
「初めまして。ジェフリー・カーティスと言います。お会いできて光栄です。」
「へぇ~。キミがあのカーティス家のご子息かぁ。」
「あ、もしかして父のことをご存じなのですか?」
「うん?ああ、そうだね。もちろんカーティス騎士爵のことも、よく知っているよ。」
ん?何か会話がかみ合っていないような気が・・・
「それよりキミ、お母さまに似て実に美しい顔立ちをしているねぇ。」
「え~と、母をご存じなのですか?」
何気ない質問だったのだが、アンヌさんの雰囲気が一変、熱を持ち始めた。
「そりゃあそうさ!あのお方ほど優れた魔法使いは他に見たことがないからね!膨大な魔力に魔法の知識、さらにその応用力は魔法の天才と言っても過言ではない!そのうえ女の私でさえ見惚れるほどのあの美貌!今でもずっとずっと私の憧れさ!!」
しかも、驚くべき事実をサラッとぶっこんできた。
「え!?母ってそんなに凄い魔法使いだったのですか?」
父さんに続いて、今度は母さんですか!
一体なにをやったんですか?
「うん?あ~もしかしてご両親から何も聞いていない?」
「え~と、はい。」
「うんうん、そうかそうか・・・・・やっぱり今のなしで。」
「え?教えてくだ・・・」
「今のなしで!」
「いや、でも・・・」
「お願い!聞かないで!」
あっれ~、さっきまであれほど恍惚とした表情で熱く語っていた人が、急に滝のような汗を掻きはじめたぞ。目もめっちゃ泳いでるし!活きが良すぎて今にも飛び出しそうだ。
う~ん、これは流石に聞いちゃまずいやつっぽいなぁ。
母さん、あなたは一体どんなトラウマを植え付けたんですか!
まあとりあえず、今回は諦めるしかなさそうだ。
物凄く気になるけど!
「は、はぁ~。とりあえず分かりました。」
「そ、それじゃあこの話はこれでお終い!」
アンヌさんはそう言うとすぐさま話題を切り替えた。
「ところで今日はみんな何を探しに?」
「え~と、師匠。今日は魔道具を探しに来たのではなくて、ジェフ君の“魔法適正”を見てもらいたくて来たんです。」
「え!?魔力も扱えないのに“魔法適正”が判るんですか?」
俺はまたしても声を上げてしまった。
父さんの話だと魔力を扱えるようになるのは12歳からであるはずだからだ。
しかし、みんなはそんな俺とは真逆の反応を示す。
「「「「・・・え?」」」」
心底不思議そうな顔をするみんなに俺は父さんから聞いた話を説明した。
この説明に得心いったという様子のアンヌさんが一つ頷き、この食い違いを説明してくれる。
「うんうん。なるほど、確かに10年くらい前まではその説が正しいとされていたのは事実だね。実際、当時は12歳ころから魔力に目覚め、そこでようやく魔力を扱えるようになる人が多かった。だから、キミのご両親世代では未だにその説を信じている人も多い。特に、ここ10年より前に一線を退いた人たちはね。」
「でも、師匠。私が魔力に目覚めたのは、たしか7歳くらいだったと思いますよ?」
「そうだね。実は10年よりももっと前からこの説を疑問視する声はあったんだ。ちょうどミレーヌ世代、今の20代くらいの世代だが、この世代が生まれるくらいの時期というのは、爆発的に魔道具の普及が始まった時期なんだよ。それまで、魔道具というのは人が魔力を込めて発動させるのが常識だったが、長年の研究により魔石から魔力を取り出す技術が確立されたことで、魔石を燃料とする魔道具の開発が大いに進んだんだ。」
「なるほど。だから魔道具が一般家庭でも広く使用されるようになったのですね。でも、それと魔力を扱える年齢に関係はあるのですか?」
「大いにある、というか、これがきっかけといっても過言ではないね。知っての通り、魔道具は基本的に魔石を燃料として動かす。しかし、どの家庭でもよくあることだが、魔石に蓄積されている魔力が枯渇、もしくは少なくなった場合、うまく作動しなくなるケースがあるだろう?こういったとき、キミたちはどうする?」
「・・・自分の魔力で動かします・・・あっ!」
「そう。普段あまり意識はしていないだろうけれど、実は魔道具には使用者の魔力を半ば強制的に吸い上げる機構が組み込まれているため、触れるだけで魔力充填が行える。これは無意識にではあるが、魔力を扱う行為に他ならない。つまり、魔道具の普及によって、副次的にではあるが、魔力を扱う機会がグッと増えたということだよ。」
「・・・魔道具を扱うイコール魔力を扱う・・・という意味ですか?」
「まあ、そういうことだね。だから、魔道具を扱ったことのある人間はすでに魔力に目覚め、扱っていることになるわけだ。ただし、魔力をただ吸われるのと、魔力をコントロールするのはまた別の話。魔法を使うには後者の訓練が必要になってくる。意識的に魔力を動かす必要があるからね。」
なるほど。だから、俺もすでに魔力を扱っていることになるわけか。
ということは、訓練次第で魔法を使うことができるということか!
そして、ここで一つ疑問が湧いてくる。
「先ほどミレーヌさんが言っていた“魔法適正”というのは、なんなのですか?」
すかさず、ミレーヌさんとグレッグが口を開く。
「ああ、魔法には大きく2種類の系統があるの。一つは私が得意とする放出系、これは魔力を別のエネルギーに変換し、火や水、風といった物理現象を引き起こす魔法のことよ。」
「それからもう一つが、循環系、これは魔力を体内やモノに循環させることで、その機能を活性化させる魔法だ。俺が得意な身体強化や回復魔法なんかもこの部類だな。俺の場合、放出系の魔法には適正がなくてな。ほとんどそういった魔法は使えないんだ・・・。」
やはり適正がない魔法は使えないのだろうか?
騎士になるためには循環系が望ましいが、放出系の魔法もできれば使ってみたい!
そんな俺の葛藤を見抜いたのか、アンヌさんが答えてくれる。
「多くの場合、適正があるのはどちらか一方のみだが、適正がなくてもある程度のレベルまでであれば努力と魔力しだいでどうにでもなる。さすがにどちらも極めるというのは難しいかもしれないが・・・。まあ、あまり悲観することもないさ。」
努力次第でできるなら問題ない。
なんといっても俺の得意分野だからな!
俺は、未だ使えぬ魔法に胸を躍らせるのだった。




