33 伝説の鍛冶師
店の中は意外にも整理整頓がしっかりとされていた。
掃除も行き届いているのだろう、棚の商品にはもちろん、床にだって塵一つ落ちていない。
俺たちは青年に続いて店の奥にあるカウンター脇を通り、工房の一角、大きな作業机が置かれているところへ移動した。
そして席に着く間もなく、青年が鼻息荒く俺に詰め寄ってくる。
「早速だが、そいつを見せてくれ!」
ちょっと近いです。怖いので離れてください。
俺は、さっさと篭手を外して青年に渡した。
「ど、どうぞ・・・」
青年は篭手を捧げ持つように両手で受け取ると、目を輝かせて感嘆のため息を吐いた。
「ほわあぁぁぁ!!こ、これは伝説の鍛冶師ヨルンさんの作に間違いねぇ!まさかこんなところでお目にかかれるとは!生きててよかったぁ~」
青年はひとしきり騒いだあと、様々な角度から篭手を眺め、その武骨な篭手の表面をなぞるように指を滑らせる。
さらに今度は、金槌で軽く篭手を叩き、硬さと音を確認しているようだ。
青年は一通り篭手を検めて一つ頷き、恍惚とした表情を浮かべた。
なんだかちょっとアブナイ雰囲気である。
案の定、青年は篭手に頬ずりしはじめ・・・キスをしようとした!
「!?ちょっと待ったぁぁああああ!」
俺は全力で青年から篭手を奪い返した。
思わず青年を投げ飛ばしてしまったのは、不可抗力だ、許してほしい。
「・・・はっ!」
何が起きたのか理解できていない様子の青年は一瞬惚けたあと、ようやく我に返ったのか、こちらへ戻ってきた。
怒られる!と思ったが、意外にも青年は、すまなそうな表情で頭を下げてきた。
「す、すまんかった!あまりの感動に我を忘れちまってたみたいだ!」
「あ、いえ。こちらこそ思わず投げ飛ばしてしまい、すみません・・・」
「ところで、この篭手、どこで手に入れたんだ?」
「ああ、これは実家を出るときに父の使い古しを貰ったんです。」
「はぁ~随分豪気な親父さんだな!これほどの業物を息子に譲るとは。それに、よく使いこまれているわりに手入れにも余念がない。親父さん、相当な使い手だったんだろうなぁ。」
父さんは俺の目標で、この世で一番尊敬する自慢の父さんだ。
父さんのことをここまでストレートに褒められるとちょっとむず痒いけど、すごく誇らしい気持ちになるなぁ。
俺は、少しだけ青年に好感を抱いた。
「はい!俺の自慢の父です!」
そんなやり取りをしているところへ、グレッグが疑問を一つ。
「ところでカジ、さっき言ってたヨルンてぇのは一体どんな職人なんだ?」
「あん!“さん”をつけろこのグレッグ!てめぇ冒険者やってるくせに伝説の鍛冶師ヨルンさんを知らねぇだと!そんなんだからいつまでたってもゴミッカスなんだよ!」
あれ?グレッグって悪口だったっけ?
ゴミッカスと同列なのか・・・。
などと、くだらないこと(?)を考えていたら、赤髪の青年カジさんが伝説の鍛冶師ヨルンさんについて語りだした。
カジさん曰く、伝説の鍛冶師ヨルンさんは店も工房も持たない神出鬼没の鍛冶師らしい。
そして、ふらりと現れてはこの世に二つとない業物を作り、去っていくのだという。
噂では行き倒れているところを助けたお礼であったり、追い剥ぎに襲われて素っ裸のところを助けたお礼であったりといった、よく分からないシチュエーションで出会った人が多いらしい。
なんとも波乱万丈というか、物凄い人生を送っている人のようだ。
天才の中でも奇人変人の類で間違いなさそうである。
まあ、確率的に俺が出会うことはまずないだろうけど。
このご時世、生きているかどうかも怪しいし・・・。
ちなみにカジさんも直接会ったことはなく、子供の頃に偶然見たその人の作品に魅せられ、鍛冶師を目指そうと思ったのだとか。
伝説の鍛冶師ヨルンさんの作る業物はどれも無骨で、一見するとガラクタのように見られるが、それは極限まで磨き上げられた機能美というやつで、決して余人がマネできるようなものではないという。
気まぐれに生み出されるヨルンさんの作品は、非常に少なく、市場にも極々稀にしか流れないため、とんでもない高値で取引されるとのことだ。
それからカジさんは、伝説の鍛冶師ヨルンさんの逸話を一つ教えてくれた。
かつて英雄カイルが地竜を討伐した際に身に着けていた篭手が、ヨルンさんの作品だそうで、地竜の重い攻撃ですら傷一つ付かず、その身を守ったという。
それ以来、地竜の攻撃すら弾き返す伝説の篭手を作った鍛冶師として、名のある冒険者や騎士にまでその名が知れ渡ったのだそうだ。
・・・ま、まさかそれって、これのことですか?
俺は思わず、手に持っている篭手に目を落とした。
とてもそうは思えないが・・・とにかく大切にしよう。
なんといっても、尊敬する父さんから貰ったものだしね。




