閑話 とある老婆の昔語り
今回は、またまたすみませんが閑話です。
グロテスクなシーンがありますのでご注意を!
ちょっと切ない裏話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
あたしゃ『三日月亭』って宿屋で女将をしているただの婆さ。
夫婦でかれこれ40年、この宿を切り盛りしている。
お客は大体が冒険者や行商人で、むさ苦しい連中ばっかりなんだが、そんな中には珍しく、ウチを定宿にしてくれている若めの冒険者パーティーがある。
男一人に女二人のチームで、『銀の風』って言うらしい。
なんとも御大層な名前だなぁなんて思ったけど、近頃少しずつその名前も知られるようになってきたみたいで、宿泊客の中にも道中の護衛依頼を持ちかけていく行商人が時々いるようだ。
そんな彼らが、つい昨日上機嫌で帰ってきた。
ここ数日見ないと思ったら、南の森まで魔物の討伐に行っていたらしい。
話を聞いてみると、どうやらその道中で面白い少年に出くわしたとか。
なんでも、ファングボアっていう体長3メートルはある魔物を普通のイノシシと間違えて倒していたという。しかも10歳とは思えないほど鮮やかな倒し方だったっていうから尚更驚いた。
どんな野生児だいそりゃあ、なんて思っていたら、『銀の風』のリーダーが街の案内をする約束をしてきたとかで、その子がウチを訪ねてやって来るかもしれないって言うじゃないか。
10歳っていったら、ちょうどあたしらの孫くらいの年齢だろうから、ちょっと楽しみな気もするけど、手に負えないやんちゃ坊主だったらどうしようという不安もある。
まあ、あたしらに孫はいないんだけどね・・・
そんなことを考えていたら、ふと娘夫婦のことを思い出しちまった。
嫌な記憶はいつまでも忘れないもんだねぇ。
あの子はあたしらの自慢の娘だった。
当時はウチの看板娘として元気に働いていたんだが、ある時、よくウチに泊まりに来る行商人の男とかけ落ち同然で家を出ていった。
男は泊りに来るたびに旅の話を娘相手に聞かせていたし、娘もそれはもう目を輝かせて聞き入っていたもんでね。いつしか、男と恋に落ちた娘は男と一緒に旅に出たいと言い出した。
あたしらは当然反対した。
騎士や冒険者がいるとはいえ、この国中にはまだまだ魔物がたくさんいる。旅の途中で襲われでもしたら、きっとただじゃあ済まない。そんな危険な旅にあたしらの大事な一人娘を差し出せるものか。
でも結局は、あたしらの反対を押し切って娘は出ていった。
知らせが届いたのは、それから数年後のことだった。
一通の手紙には、順調に商売が続けられていることと、最近生まれたばかりの孫の顔を見せに帰るということが書かれていた。
可愛い孫の顔を想像して思わずあたしもニヤついてしまうが、それはそれ、仕事はきちんとこなさなくちゃ、娘にも顔向けできん。
そんな真面目ぶったことを考えながらいつも通り仕事をしていた時だった、昔から付き合いのある行商人のお爺さんがひどく沈んだ顔で大きな荷物を抱えてやってきた。
はじめは、商談に失敗したんだろうなんて思っていたのだが、なにやらあたしらの顔を見ながらバツの悪そうな表情をしているところを見ると、どうやら違うらしい。
話を聞いてみると、道中でとんでもない魔物に遭遇したらしく、命かながら積み荷を捨てて逃げてきたとのことだった。
注文していた物が届けられなくて申し訳ないと、行商人のお爺さんはしきりに謝っていたが、命あっての物種だ、彼を責めることはできない。
それよりも、あたしは妙な胸騒ぎが収まらず、ひどく不安な心地だった。おそらく娘夫婦も同じ街道を進んでいるはずだと思ったからだ。
偶然出くわしただけの魔物だったらいいが、街道付近を根城にして、行商人やら旅人やらを待ち構えている類の奴なら娘夫婦も襲われる危険がある。めったにそういった魔物は出現しないが、決してないとは限らない。
とりあえず、あたしは急いで冒険者ギルドに情報を持って行ったのだが、冒険者ギルドではすでに討伐隊が向かったとのことだった。
これならすぐにでも魔物が討伐されるだろう。
きっと娘夫婦も大丈夫だ。
それなのに、妙な胸騒ぎが収まらないのはなぜだろうか。
その日は不安で全く寝付けなかった。
次の日の夕方、あたしは冒険者ギルドに呼ばれた。
昨日、情報を持って行ったからその報告だろうか、などと思っていたあたしの目に飛び込んできたもの、それは、辛うじて男女と判る程度の肉塊が二つ並んでいる光景だった。
判りたくない、でも判ってしまう。
これは娘夫婦だ!
男のほうは正直判らないが、女のほうは所々にあの子と同じ色の毛が付いているし、この匂いは間違いなくあの子のものだと確信できる。あたしが腹を痛めて生んだあの子の匂いに間違いない。
そこで、ふと気づく。
孫はどうしたのだろうか。
確か、娘夫婦は孫の顔を見せに来る予定だったはずだ。
でも、目の前には二人分の塊しかない。
疑問に思って、回収してきたという冒険者に詰め寄ると、冒険者は知らないと答えた。
この二人しか見ていないし、倒れた馬車にも赤子は残っていなかったという。
きっと魔物に喰われたのだろう、そんな気がした。
茫然自失となったあたしは、しばらくそこから動けなかった。
涙も声すらもでなかった。
ただただ何も考えたくなかった。
どのくらいそうしていたのか、全く分からないが、随分長い時間座り込んでいたと思う。
流石に他の人の邪魔になるからと、夫が私を立たせ、手をひこうとした。
あたしは身体の底から湧き上がってきたものが抑えきれず、思い切りその手をはねのけた。
「なんでそんなに冷静でいられるの!!この子はあたしたちの娘よ!!あなたは悲しくないの?苦しくないの?どうしてそんなに平気な顔で!!」
あたしはありったけの罵詈雑言を夫に叩きつけた。
それでも夫は何も言わず、ただあたしを抱きしめた。
辛いのは同じだ、分かっている。
それでも夫は耐えている、きっとあたしのためだ。
思うように感情を吐き出せないでいるあたしのため。
とめどなく溢れてくるこの思いを受け止めようとしてくれている。
あたしは、無言の抱擁に身を任せ、溢れ出す悲しみと後悔をひたすらに吐き出した。
「・・・・・行かせるんじゃなかった!無理にでも引き留めるべきだったのよ!」
しばらくして落ち着いたあたしに、夫はこう言った。
「あのとき、娘を送り出したあの日、覚悟はしていた。」と。
あたしだって、覚悟はしていたつもりだった。でも、感情はどうにもならなかったのだ。娘にも孫にももう会えない、そう思ったら留められなかった。
それからは毎日仕事に没頭する日々だった。決して忘れようとしていたわけではないが、必死に働く日々の中で、少しずつあたしは立ち直っていった。
宿もどんどん大きくなって、ウラノスでも人気の宿と言われるくらいにはなった。そのころには、ほとんど娘夫婦のことは思い出さなくなっていた。
なのに、はぁ~いやだね。昔の傷がいつまでも。
年をとったせいか、つい物思いに耽ってしまったよ。
そんなことを思っていたら、いつの間にか目の前に可愛い少年が立っていた。
ちょっと緊張した様子で、それがまたなんとも、孫を見ているようで微笑ましい。どうやら『銀の風』が出会った少年がこの子のようだ。
せっかく来てくれたんだ、お茶でも出してあげようかねぇ。おまけに豆菓子もつけてあげよう、喜んでくれるだろうか。
それから再会をひとしきり喜んだ彼らだったが、少年の泊るところが決まっていないという。
あいにく宿は満室だったが、そういえば二階の角部屋が物置になっていたはずだ。片づければ十分使えるだろうから、そこを勧めよう。
夫も全く同じことを考えていたようで、いつも以上に息の合った会話をしちまったね。
さっそく街の探索に出かけようとした少年だったが、ふとこちらを振り向くと、そのかんばせに満面の笑みを浮かべて、元気な声でお茶菓子のお礼を言っていった。
本当に孫のようで可愛らしい子だねぇ。
それじゃあ、可愛い孫のためにさっさと部屋の準備をしてあげようかね!




