169 硬いベッドの上で
目覚めたのは医務室。硬いベッドの上だった。
あの異空間、怪我とかは元通りに戻るのに、消費した魔力はもとに戻らないんだよな。かろうじて手足は動かせるが、どうにも気だるいままだ。起き上がるのも面倒くさい。
にしても、今回はさすがに危なかった。ルイス先輩があそこまで用意周到だったとは、正直恐れ入ったよ。「なりふり構っていられない」という言葉は本物だったんだな。
まあとりあえず、ギリギリでも勝ちは勝ち。問題はないだろう。元クラスメイトのあいつらにも胸を張れそうだ。こういう話はこれでお終いにしてほしいところだけどね。
はぁ~。それで、お前はどうしてここにいるのかな?
「クリス」
ベッドの隣に目を向けてみると、栗色のくせ毛を揺らす貴公子が一人。座って本を読んでいた。そいつは本を閉じ、軽く手を振ってくる。
「やあ。お疲れジェフ君」
こいつ。こんなタイミングで来やがって。ちょっと揶揄ってやろうか。俺はわざとらしく、大仰な態度で応じてみた。
「おやおや。どうしてこんなところに、十傑第三席のクリス・マグズウェル様がいらっしゃるのだろうなぁ? うん?」
クリスは少し頬を掻きながら、すまなそうな顔で返してくる。
「まあ、その、今回はジェフ君に無駄な苦労かけちゃったかなって」
「これは異なことをおっしゃる。まるで、ルイス・ヴァレンティーノの所業を知っていたかのような言いぐさですなぁ。いやはや、全くもって不思議でたまりません」
「ご、ごめん」
「なんのなんの。私にかかれば造作もないことです。校内3位の雷神様に頭を下げて頂くなど恐れ多い」
「本当にごめん」
深々と頭を下げてくるクリス。ちょっと意地悪がすぎただろうか。
「・・・・はぁ。それで? 何か話をしに来たんだろ?」
あっさりと態度を軟化させた俺に、ホッと息をついた親友。そこから彼は、五回生との確執について話し始めた。
「ことの始まりは、ボクらが三回生に上がってすぐの順位戦だった。一回生のころは、まだまだ実力も情報も不足していたからね。それほど順位にこだわってもいなかったんだ」
「その時の順位はどれくらいだったんだ?」
「ん~たしか、ボクやザッシュ君でも300位くらいだったと思う」
「ふ~ん」
よし勝った! 俺のほうがすでに上じゃん!
内心で盛大にガッツポーズを決めた俺。しかし冷静になってみると、言いようのない虚しさが湧き上がってくる。くっ! なんだこの気持ちは。
「それでね。ジェフ君」
「・・・・」
「ジェフ君?」
「あ、ああ。悪い」
いかん。突然、妙な寂しさが押し寄せてきた。クリスの話に集中しないとな。
「それで、三回生の順位戦。ボクらは、一気にトップ層を破り、十傑の座をもぎ取った。正直、全く苦戦はなかったんだ。なぜだか分かるかい?」
「トップ層が大して強くなかった。とか?」
八百長してのし上がったやつらだもんな。“ 正当な実力 ” なんかあるはずがない。
「まさにその通り。一番苦戦を強いられたのは、100~50位の人たちで、みんな平民出身の生徒だった。そこから上は、驚くほど手ごたえのない上級貴族出身ばかり。おかしいと思ったよ。なんでこんな人たちが上にいるんだって」
「ルイスの話だと、生徒同士で事前交渉していたんだろ? 金やら権力やらを使って。自慢げに語ってたぜ」
「うん。だからボクたちが変えたんだ。貴族も平民も関係ない。実力こそが全て。そんな、本来の姿を取り戻すために」
「ありがとうな」
感謝する俺に、しかしクリスは首を振って続ける。
「でもこの出来事をきっかけに、それまで上位にいた貴族派閥。ルイス先輩たちとの確執は大きくなってしまった。彼らにも家の事情やメンツがあるからね。ボクらはそれを潰したことになる。そのせいで今回、ジェフ君と罪のない一回生を巻き込んでしまったのは、本当に申し訳なかった」
もう一度深々と下げられた頭。どんだけいい奴なんだこいつは。俺はゆっくりとベッドから上体を起こし、そのやわらかいくせ毛をグシャグシャとかき回してやった。
「アハハッ! 気にするなよ。俺のほうは別にいいさ。むしろ、感謝してるくらいだ。こんな競い甲斐のある学校にしてくれてありがとうな!」
「ジェフ君・・・」
「まあ、ジョーのほうは完全に巻き込まれ事故だし、そっちはきっちり謝っておくようにな。俺の大事な友達なんだから」
「うん。ありがとうジェフ君!」
キラッキラの笑顔が眩しいな。こいつ、三年前よりレベルアップしてやがる。ってそんなことはどうでもいいか。今こそアレを聞くチャンスだ。
「で、それはそれとして。クリスにちょっと聞きたいことがあるんだが」
「うん?」
「ザッシュのことなんだけど。あいつ、なんか性格変わった?」
「えっ?」
先ほどまで煌々と輝いていた星々が墜落し、急に気まずそうな顔をみせるクリス。なんだその急降下は!
「あ~それはね。う~ん。ボクからはうまく言えない・・・かな」
「どういうこと?」
「ザッシュ君は、その、色々と拗らせちゃったというか、なんというか。ちょっと言い難いんだけれど。と、とりあえず、ジェフ君のことはかなり気にしている。とだけ・・・」
あ~この反応。ザッシュのやつ。やっぱりあの日のこと、かなり引きずってるっぽいな。そんでもって、俺に会わせる顔がないとか考えていそうだ。あの野郎。
「はぁ。やっぱり俺がケツを叩きに行くしかないか」
「ボクからもお願いするよ。来年もあるから、ぜひ頑張って上がってきてくれると助かるかな。というか、必ず上がってきて欲しい」
「おいおい。まだ今年の順位戦は終わってないだろ?」
「フフッ! 応援はしておくよ」
クリスは最後に、応援なのか挑発なのか分からない言葉を残し、医務室を去っていった。見てろ。俺もすぐに追いついてやる。




