162 売れ残りの奇跡
昼食を済ませたあとは服を見たり、装飾品を見たり。クルクルと踊るようにお店をまわっていく彼女は、実に楽しそうだった。
そうしてあっという間に訪れる夕暮れ時。楽しい時間は早く過ぎるっていうけれど、あれは本当らしい。俺は懐にしまったアレを渡す場所を探した。
「ねぇティナ。あそこのお菓子屋さんにも寄っていかない?」
「いいわね。ちょっと休憩していきましょうか」
意気揚々とお店に入っていった俺たちだったが、残念。時間が少し遅かったようだ。ショーケースには、売れ残りのフルーツケーキが一つだけしかなかった。
「えっと・・・」
逡巡する俺にティナが言う。
「これを貰いましょ」
「でも・・・」
「いいから! あ、店内で頂きます」
そのまま強引に飲み物まで注文してしまったマルティナさん。彼女は俺の手を引いて窓際の席まで歩いていく。
店員さんは俺たちを待たせることなくテーブルに品々を並べ、最後に「それではごゆっくり」とだけ言ってさがっていった。
「えっと、どうしよっか」
テーブルの真ん中に置かれた、可愛らしいフルーツケーキを見ながら聞いてみる。
「た、食べさせてあげても、い、いいわよ?」
「え?」
え? ちょっと待って。今なんて言った? 食べさせてあげるって言わなかった? いやいや、気のせいだよね? さすがに俺の妄想だよね?
「だからっ!」
夕日色に染まったティナは少し声を荒げると、呆けた俺の口にケーキに突っ込んでもう一度。
「食べさせてあげるって言ったのよ・・・・」
「・・・」
口の中に広がった甘酸っぱい香りが、俺の頭を蕩けさせる。ボーっと火照った脳みそは、やがて俺の手を勝手に動かし、懐から小さな箱を取り出した。
「うん?」
「これをティナに貰ってほしい」
不思議そうな顔をしたティナに、スルリと言葉を返す俺の口。
「開けてもいい?」
「うん」
「・・・・・これって!?」
俺がプレゼントしたのは、小粒の青い宝石が輝くネックレス。これ、実はちょっと特殊な仕掛けがある品で、ティナが驚くのも無理はない。
「いちおうこの “ 魔宝石 ” には、俺の魔力が込めてある。今後、もしものことがあった時はそれを使ってほしい」
そう。この宝石は魔力を溜めることができる特殊な石なのだ。さらに、石に蓄えた魔力は誰でも使用可能で、本人以外でも自由に取り出すことができる。
「でも、この色。相当な魔力が込められているわよね?」
この宝石の面白いところは、魔力の蓄積量に応じて赤から青に変色する性質。一度しか溜められないから、この色はこれっきり。使い切ったらただの赤い宝石になるだけだ。
「おかげでもうヘットヘトだよ。ハハハ。なんちゃって?」
いやホント。渇いた笑いしか出ないくらい、結構疲れてるんだよね実は。でもそんなの見せられないでしょ? 男として。
「本当に、いいの?」
「うん。君に貰ってほしいんだ」
「今の私には何も返せないわ」
「ううん。もう、いっぱい貰っているから」
「そんなこと!」
「フフッ! そんなことあるよ。それにほら、いつもくれる美味しいお菓子とか。ね?」
「・・・・・・ありがとうジェフリー。大切にするわ」
「うん」




