159 クンクン……クンッ!?
試合が終わると、扉の前に見覚えのあるズボンが一本。綺麗に折りたたまれていた。
「ん? これは・・・」
よく見るとその上には、お菓子の入った袋とメッセージカードが添えてある。中にはこう書かれていた。
『さっきはごめん。勢いで殴っちゃったけど、本当は凄く感謝してる。これ、疲れてたら食べて。それから・・・あれは絶対に忘れなさい。いいわね! マルティナより』
お世辞にも貴族のような綺麗な字とは言えないけれど、丁寧に書かれた可愛らしい字がなんだかティナらしい。好きな子からのラブではないレターは、俺の疲れた心と体に謎の活力を与えてくれる。
「よしっ!」
元気を取り戻した俺は、さっさとズボンを穿くと、ティナのお菓子を頬張りながら教室へ戻ることにした。ちなみに、手に取ったズボンから少しだけいい香りがしたのは誰にも内緒である。
――訓練場から教室までの帰り道。
何やら懇願する男の声と、それをあしらう女の声が聞こえてきた。
「俺と恋人になってください!」
「私、そういうの興味ないから」
「なら食事だけでも!」
「食堂で十分よ。それじゃ」
出歯亀気分で覗いてみると、なんとそこには・・・。
「っ!?」
「えっと・・・えへへ・・こんなところで奇遇だねマルティナさん」
別クラスの男子生徒とそいつに告白されているティナがいた。
ば、バレた! そして気まずい! あんな場面見たくなったよ!!
いや、でも確かに。ティナはあの切れ目で勘違いされやすいけど、本当はとっても優しい女の子だし、容姿だってとても良い。(俺基準)
ときどき不器用なところもあるけれど、それだって愛嬌だ。異性にモテないほうがおかしい。むしろモテて当然だ。
そう考えてみると、ティナを狙っているライバルは結構多いのかもしれない。ああでも、今の様子を見るに本当に興味がなさそうというか、かまっていられないっていう雰囲気だったしな・・・。
脳内で独り言をかき回す俺に、ティナが聞いてくる。
「今の聞いてた?」
よく見れば、彼女は少し落ち込んだ顔をしていた。なぜ? そんな疑問が湧いてくるが、今は棚上げだ。ここはテキトーに誤魔化そう。
「えっと、最後だけ」
「本当に?」
思いのほかダメージを受けている俺。このよく分からない感情は一体なんだろう。嗚呼。どうか取り繕ったこの笑顔だけはバレませんように。理性に力を込めて願う。
「ホントホント。食事の誘いを断ったところしか見てないし。もしかして何かあった?」
「・・・ううん。なにも。それよりお菓子、食べてくれた?」
「ああうん。ありがとう。凄く美味しかったよ」
「フフフッ! やった」
ああダメだ。今そんな笑顔を見せられたら、蓋が壊れてしまいそうになる。
「ねぇティナ」
「うん?」
落ち着け俺。抑えるんだ!
「今度の休日なんだけど・・・」
「うん」
待て待て、それを言ってはいけない。やめろ!
「ちょっと付き合って」
ギリギリのところで押さえていたはずの感情が理性を殴り飛ばし、口をついて漏れ出てしまった。




