閑話 天邪鬼の呪い
ハイネ視点の閑話です。
唐突に書きたくなってしまいました。
お付き合い頂けると幸いです。
姉さんが嫌いだ。
なにをやっても俺より上手くできてしまう非凡な人間。それなのに、普段は静かで重度の人見知り。オドオドとした態度がひどく癪に障り、いつも俺を苛立たせる。
勉強も礼儀作法も剣術も全て。少しやっただけなのに、なぜかあっさりとこなす腹違いで生まれた同い年の姉。
小さい頃は、そんななんでもできる姉さんが、純粋にかっこよくてとても憧れた。それと同時に、きっと俺も頑張ればあんなふうになれる。そう思って疑わなかった。
でも、年を重ね、自分の置かれた状況が見えてくると、そんなことは言っていられない。
俺が姉さんよりも “ 才能 ” で、圧倒的に劣っているという事実を、まざまざと見せつけられる日々。俺をはるか後方へと置き去りにしていく、眩しい背中を見るのがたまらなく辛かった。
それでも頑張れたのは、次期当主として家を、そして領地を守っていくという誇りと責任感があったからである。
しかし、心の支えであった次期当主の座まで “ 才能 ” というわけのわからない理不尽によって奪われる始末。優しかったお母様も、人が変わったように俺を毎日罵るようになった。
一つ間違えれば十回鞭で叩かれる。そんな苦しい授業が続き、俺はいつしか姉さんを憎むようになった。
こんなに頑張っているのに、どうして俺ばかりが辛い思いをしなきゃならないんだ! 下賤な血を引いた半端者のくせに、貴族家の当主などおこがましいにもほどがある!!
どんどん溜まっていく苦痛を発散させるために、姉さんを叩いたり怒鳴ったり。とにかくありとあらゆる嫌がらせをしてやった。
どれだけひどい仕打ちをしても、何も返してこない姉さん。その姿が、無能な俺を憐れんでいるようで、なおさら腹が立つ。
自分を醜いと自覚しながらも、それらはやめられず。どころか、姉さんへの憎しみだけが俺を支える、頑張る理由となっていたようにすら思う。
それなのになんで! どうしていきなりこんなことを言うんだ!
当主になりたいわけじゃないだって?
捨てられないために努力し続けているだって?
だったら俺のこの感情は? 痛みはどこにぶつけたらいい?
散々暴れてとっ散らかった店内。俺を抱きしめる姉さんのぬくもり。グチャグチャになった頭の中で、俺はおかしな幻聴を耳にする。
「私が守りたいもののために。これは絶対に譲れない。だからハイネも、当主になるためにもっと頑張って」
今まで聞いたこともないような力強い姉さんの言葉。その続きが、なぜだか聞こえた気がしたのだ。
これ以上どう頑張れというのだろうか。ずいぶんと酷なエールを送ってくる人だ。ずっと優しいと思っていた姉さんは、本当はひどく厳しい人なのかもしれない。
でもそれが妙に温かくて、嬉しくて。
先ほどまで尖っていた胸の痛みが和らいでいくのを感じる。
瞬間、不思議と涙が止まらなくなった。
ああ。やっぱり俺は、優しい姉さんが大嫌いだ。




