139 非凡
ロザリーがあのような二重人格になったのはここ数年ほどのことらしい。
もともとあまり気の強い性格ではなく、かなりの人見知りであった彼女は、見た目通りお淑やかで静かな女の子だったようだ。
そしてそれは、同い年の弟によって、より悪い方向へと加速することになる。
同い年といってもこの弟とは双子ではないようで、母親が違うのだという。弟は正妻の子。ロザリーはオストワルト家に仕えていた使用人(今では側室)の子であった。
これだけならば、家督争いなど起こるはずもなく、弟(すなわち長男)が家を継ぐだけでよかったはず。ところが困ったことに、ロザリーには圧倒的な才能があったのだ。
領地経営に軍事、その他座学はもちろん剣術技能まで。あらゆる分野において弟を凌駕し、女であるという不利を蹴り飛ばすほどの非凡。
それを知った父オストワルト辺境伯がこれを見逃すはずはなかった。正妻の子である弟ではなく、側室の子であるロザリーに家を任せたいと言い出したのだ。
ガレーリア王国北方の要であるオストワルト家。この重要な拠点を守り治めるには “ 力 ” が必要である。そのことを誰よりも理解しているからこその方針だった。
しかし、これに大いに反対したのは正妻と弟。
それ以降、正妻はロザリーの母に罵詈雑言を浴びせかけるようになり、しまいには「使用人風情がっ!」と辛くあたるようになったらしい。
弟のほうも、ロザリーに対する悪感情をむき出しにして、手を上げてくるようになったのだという。試験会場で彼女を殴っていた男がその弟。
きっと恐怖すら感じる姉の才能にあてられ、ひどい劣等感と嫉妬に苛まれているのかもしれない。想像することしかできないから確かなことは言えないけれど、辛い思いをしてきたのだろうな・・・。
とはいえ、ティナにブスと言ったことは絶対に許さないけどね。機会があったら俺が根性ごと叩き直してやるっ!
結局 “ 力 ” はあれども、気弱で心の優しいロザリーには家族である彼らを抑えることなどできなかった。そんな虐げられる毎日を過ごしているうちに、彼女の内面はボロボロになっていったのだろう。
気が付けば自分の中にもう一人。まるで、己の内に溜まったドス黒いヘドロを、ただひたすらに押し固めて作ったような破壊の暴君が生まれていたのだという。
日々の鬱憤を晴らすかのように暴れ回る姿は、とてつもなく恐ろしく、狂気に満ちており、いつか人を殺めてしまうかもしれない。そんな恐怖を抱かせるには十分だった。
ロザリーは自分がもっと強くなり、暴走する心を制御できるようになれば、アレをどうにか克服できるのではないか。そう考えてこの学校へ来たらしい。
だいぶ落ち着いた様子ではあるが、まだまだ沈んだ雰囲気である彼女。俺は試合中のロザリーを思い浮かべる。
「う~ん。たしかにあの口調と態度には驚いたね」
「ちょっとジェフ!」
咎めるように言うティナを制して俺は続けた。
「でも、君の剣術はそれ以上に凄かった。荒々しい態度とは裏腹に綺麗で繊細な剣捌き、色々な角度から繰り出される多彩な突き技、機転の利いた作戦。どれも驚かされるものばかりだった。さすがに男の急所を狙うのはやめてほしいけれど・・・それも含めて、やっぱり君は素晴らしく才能に溢れた剣士だと思うよ。きっとあれがロザリーの本質なのかもしれないね」
彼女には途方もない才能がある。それはあの剣を見ればわかることだ。それでもはっきりと言えることがある。
今の彼女は、俺の敵じゃない。
「ロザリー。どれだけ才能があっても、努力がなければその先へは進めないよ。君が本当に強くなるためには、まずは自分自身と向き合う必要があるんだと思う・・・・だから、それを俺たちに手伝わせてくれない?」
どさくさ紛れに発した提案にティナが食いつく。
「そうね。何ならこいつで存分に鬱憤を晴らしてみたら?」
「いや、ティナ。それはなんか違くない?!」
「同じようなもんでしょ。全力を出し切ってみて、それから考える。そんな感じ」
「なるほど? う~ん。まああながち間違ってないかも・・・?」
「とりあえずやってみたらいいのよっ!」
勢いよくガッツポーズをつくるティナ。目をキラキラさせて、やる気満々の様子である。
「・・・うん。そうだね」
こうして俺たちはロザリーの人格矯正(?)にのりだした。




