閑話 これがおとぎ話なら
引き続きエリス視点でお送りします。
――三年が経った。
私は十二歳。ある意味お兄様と同い年である。
私はグレイシス辺境伯家に預けられたあと、厳しい淑女教育を受けた。
そして、お母様のレッスンが実はとても優しかったことを思い知らされる。貴族のご令嬢方が、その笑顔の裏でどれほどの苦しみに耐えているのか痛いほどよく分かった。
ただ幸いにも、グレイシス辺境伯デイズ様にはお兄様と同い年の娘ファイエットお姉様がおり、この方がとても優しく接してくださったおかげで、何とか私も頑張ることができた。
血縁関係上、お兄様とは結婚できないということを知ってからは、お兄様にふさわしい女性はこの方以外に考えられない、私は密かにそう思っている。
魔法のほうも、お母様のお知り合いだというアンヌ・シュルツェン先生に教わり、かなり上達した。おそらく同年代で敵う者はいないだろうというお墨付きまでもらっている。
私は今年、魔法学園を受験する。
魔法学園の受験資格も騎士学校のそれと同じで、十二歳から十五歳まで。数少ないチャンスを無駄にはできない。
それに魔法学園に行けばファイエットお姉様と一緒に通えるし、騎士学校に在籍中のお兄様のご学友たちとも会う機会ができるはず。騎士予備校でのお兄様の生活について色々と聞いてみたい。
お姉様にお伺いしたところ、カフス・キルトン様やクリス・マグズウェル様といった貴族階級のご学友も複数いらっしゃるそうだが、お兄様の一件以来、ほとんど社交界には参加しなくなり、ひたすら剣術に励んでおられるらしい。私がお会いする機会は得られなかった。
だからまずは、魔法学園への入学を最優先に考えようと心に決めていた・・・・はずだったのに、今、私はお兄様が横たわるベッドの横で泣いている。
入学試験まであと三週間ということで、私は王都にある別邸へと移った。久しぶりにお会いしたギルバート様は相変わらずカッコイイ騎士様だったけれど、少しだけ皺が増えたような気もする。
色々とお話をしているうちに、話題はいつの間にかお兄様のことになっていた。ずっと考えないようにしていたけれど、どうにもダメだった。
大好きだったお兄様のお顔を思い出してしまい、居ても立ってもいられなくなった私は、石になったお兄様に会わせてほしいとこぼしてしまう。
ベッドに横たわる石像は、私の知っている頃よりも少しだけ背が高く、凛々しいお顔立ちはより一層深みを増していた。カッコイイ。やっぱりお兄様が一番だ。
お茶会や社交界で声をかけてくるどんな男性よりも、そのお姿は私をときめかせる。ああダメ。やっぱりファイエットお姉様にも渡したくない。そんな思いが沸々と湧き上がる。
この恋は絶対に許されないだろう。でも少しだけ、ほんの少しだけでいいから許してほしい。そんな願いを込めて、私はお兄様の硬い唇にそっと口をつける。
これがおとぎ話だったなら、この涙で、唇で、お兄様にかけられた悪い魔法を解いて差し上げられるのに・・・。
零れた涙は無機質な頬を伝ってシーツを濡らす。いつまでもこうしているわけにはいかないと、私は顔を上げて部屋を出ていこうとした。
――瞬間。
「!?」
部屋の扉が勢いよく開いて温かな風が私の髪を躍らせた。
そこに立っていたのはボロボロになった二つの影。けれども二人は、三年前と変わらない元気な笑顔で私を包み込んでこう言った。
「「待たせたなっ!(わねっ!)」」




