閑話 かつての誓いをもう一度
主人公の父カイル視点です。
知らせが届いたのは朝の三時だった。
気持ち良く寝ていた俺たちのもとに、玄関扉を激しく叩く音と、野獣のようなダミ声が聞こえてくる。
「カイル! おいカイル!」
「うっせぇな。誰だこんな時間に」
扉を開けるとそこには、学生時代からの悪友デイズ・グレイシス。なにやら取り乱した様子で俺に勢いよく詰め寄ると、いきなりとんでもないことを言いだした。
「大変だぞ! お前の息子が、ジェフリーが死ぬ!!」
「・・・・・あん?」
デイズを家に招き入れ、妻のエーファと並んで話を聞く。娘のエリスはまだ九歳になったばかり。重たい話を聞かせるにはまだ早いという判断だった。
彼が言うには、息子のジェフが冒険者活動中にストーンバジリスクと遭遇し、これを討伐したらしい。現騎士団長であるギルバートがその死骸を確認しているので間違いない。
そして、問題はそこで見つかった石像だ。
位置関係から見て、一緒に残ったという少女マルティナを庇おうとして、大蛇の石化毒をくらってしまったようだ。
奇跡的に崩れずに残っていたため、そのままの状態で回収することはできたようだが、腹部の損傷があまりにもひどく、蘇生は困難だという。
「「・・・・・」」
俺たちは揃って言葉を失った。
状況がうまくのみ込めない。いや、ジェフがどう考えてそうした行動に至ったのかは分かる。
きっと正義感の強いあいつのことだ。放っておいたら多くの犠牲者が出ると踏んだのだろう。だからこそ、自ら囮となり戦ったのだ。少女を庇ったのも、きっと仲間を助けたいという一心でそうしたに違いない。
分かる。分かるんだ。そんなことは。最愛の息子のことを、俺たちは誰よりも分かっている。
涙? 慟哭? そんなもの出てきやしない。ただただ苦しい。息ができない。目の前が真っ黒く塗りつぶされていく。それなのに、力を失った手足はなぜか勝手に動き出す。
「行かなきゃ。あいつを迎えに行くんだ」
ヨロヨロとした足取りで家を出た俺は、朝日に照らされた街道をゆっくりと歩いていく。
「ジェフ。今行くぞ・・俺が・・俺がお前を迎えに行く」
「あなた・・・」
「お父様・・・」
俺の背を追いかけてくるエーファ。いつの間にかエリスも目を覚ましてしまったようで、その隣にそっと佇んでいた。
「ああ。エーファ、エリス。ちょっとお父さん、ジェフを迎えに行ってくるよ。少しばかり具合が悪いみたいで、今寝込んでいるらしいんだ。うちに連れ帰ってゆっくり休ませれば、きっとすぐによくなると思うんだが。なあ母さんもそう思うだろ?」
問いかけるもエーファは答えない。
「ほら! いつもみたいにさ。俺が捕ってきたイノシシと野草でパーッと腕を揮ってくれよ。せっかく久々に帰って来るんだし、美味しいお菓子もたくさん食べさせてやろう!」
「あなた・・・」
「お菓子好きのあいつのことだ。きっと喜ぶぞ」
「お父様・・・」
「ああ楽しみだな! 二年ぶりの再会。きっと大きくなってるんだろうなぁ。もしかしたら、俺よりもでかくなっているかもしれないな!ハハハ・・・・あれ?」
雨なんか降っていないのに、頬が冷たく濡れてくる。
「あれ? おっかしいな」
今から最愛の息子を迎えに行くはずなのに、顔が歪んで前が見えない。
「あっ!」
俺としたことが、石ころにでも躓いてしまったようだ。力の入らぬこの体ではどうしようもない。俺は受け身もとれずに倒れていく。
「カイル!」
しかし、倒れそうになる俺をそっと抱きとめる者があった。最愛の妻エーファだ。
「カイル。あなたは英雄カイル。そうでしょう?」
「・・・」
「あなたには、私たちにはまだやれることがある」
「・・・」
「お願いカイル。ジェフリーを救えるのはあなただけなの」
「・・・」
「しっかりしなさいっ!」
「っ!?」
エーファが俺の頬を強かに打った。
「あなたは私の騎士。一生幸せにするって、家族ごとお前の幸せを守るって言ってくれたじゃないっ!!」
頬の痛みが昔を思い出させる。学生時代のこと、そして王城から彼女をかっさらったあの日のこと。彼女はいつだって俺のことを信じてくれた。そして今も変わらず俺を信じてくれている。
泣いている暇なんて、家族を泣かせている暇なんてなかった。俺はエーファの夫、家族を守る父親だ。
俺の馬鹿野郎! なにこんなところで立ち止まっていやがるっ!
こんな姿、ジェフリーにだって笑われちまうぞっ!
「ありがとうエーファ。俺が必ず息子を救ってみせる。だから教えてくれ。どうしたらいい? どうしたらあいつを助けることができる?」
俺はエーファの涙を拭って問いかける。
そしてもう一度誓おう。
「俺がお前たちの英雄になる!!」




