閑話 本物の騎士
ザッシュ視点です。
騎士団の派遣を要請して二日後、寮には一台の馬車がやって来た。
「あれは!」
見覚えのある双頭の龍の紋章。あれはグレイシス辺境伯家の紋章で間違いない。きっとギルバート様の率いる王国騎士団が、あの化け物を倒してジェフリーとティナを連れ帰ってくれたんだ。
俺は逸る気持ちが抑えきれず、全速力で馬車のもとへと駆け出した。
あ~あ。ボロボロになって帰って来た二人になんて言ってやろう。まずはそうだな、戦闘で汚れきった姿を笑いながらひどい臭いだとでも言って揶揄ってやろうか。マルティナが怒りだしたらジェフリーに助けてもらえばいいしな。
それから、どうやってあの状況を乗り切ったのか詳しく聞いてやってさ、散々褒めちぎってやんだ。最後に、心配させやがってって言って肩でも組んでやったら、二人は呆れながらもきっと笑ってくれるはずだ。
そんな想像をしつつ開く扉を見つめていると、中から鎧姿のギルバート様が降りてきた。やっぱりそうだ。二人も無事に帰って来た!
「ギルバート様! ジェフリーとマルティナは・・・・?」
なんだあれ?
ギルバート様に続いて馬車から降りてきたのは同じく騎士の鎧を纏った大人二人。何やら石像のようなものを担いでいた。おかしなことに二人の姿は見当たらない。
「そのまま慎重に部屋まで運べ!」
「「はっ!」」
ギルバート様は二人に短く指示を出すと、こちらを見ずに寮のほうへと歩き出す。俺はたまらず声をかけた。
「ギルバート様!」
「君は・・・ザッシュ君か。すまないが、今急いでいるんだ」
「ジェフリーは、マルティナは・・・二人はどうなったんですかっ!」
追いすがる俺にギルバート様が苦しげな顔で言う。
「君も見ただろう。あれが答えだ」
目線の先には胸に穴の開いた石像。よく見れば、それは見覚えのある男女の姿をしている。見間違うはずもない。あれは・・・
「ジェフとティナ・・・?」
そう。あれは紛れもなく俺の大切な仲間、ジェフリーとマルティナだった。
おいおい嘘だろ? 冗談だよな? あの二人が死ぬはずないって。
だってあいつら自信満々な顔して言ってやがったんだぜ?
大丈夫だ絶対死なないって。そう言ってやがったんだっ!
なのに、なんでこんなことになってんだよ。ざけんなよっ!
「なあジェフ起きろよ」
「やめなさい」
「悪い冗談なんだろ?」
「やめなさい」
「あ、そうか。これホントは作りもんなんだな? へへっ」
「やめなさい」
「どっかで笑ってんだろ? なあ、いい加減出てこねーと壊しちまうぞ?」
「やめなさいっ!!」
石像に手を触れようとした途端、ギルバート様が俺を突き飛ばし怒鳴り声を上げた。
「見て分からないのかっ! 彼らは重傷を負ったまま、ストーンバジリスクの毒で石化状態となってしまったんだ。彼らはもう助からないっ!」
嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!
「起きろジェフリー! このまま死ぬなんて絶対許さねぇぞ!!」
――ベッドにそっと置かれた石像。
俺は部屋の隅で尻尾を丸めて蹲っていた。
クラスのみんなが囲む中、二人を診るのは、ジェフが高熱で倒れた時に連れてこられた例の魔法薬師さんだった。彼女は一つ頷くと、窓際に立つギルバート様に話しかける。
「ふむふむなるほど。確かに、これは助けられないね」
「やはり君でも無理か」
「そうだね。今の状態はほぼ死んだ状態と言っていい。奇跡的に崩れていないのが救いだが、このまま石化を解いただけでは目を覚ます前に息絶えてしまうだろう。かといってこの状態のままではぽっかり穴の開いた部分の欠損を埋めることはできない。つまり、石化を解くと同時に一瞬で欠損を再生させる必要があるんだ」
「ということはやはり・・・」
「うん。彼らを蘇生、回復させる方法はない。少なくとも私では無理だね」
クリスがそこへ割り込む。
「そんなっ! 何かないんですか? 特殊な再生魔法とか、あなたほどの魔法使いなら何かあるでしょう! 元王国魔法師団長アンヌ・シュルツェン様!!」
「残念ながら、そんな都合のいい魔法はないよ。回復魔法は君たちが使うあれだけさ。瞬時にこれほどの傷を癒すことなど不可能。無理やり治療しようとすれば、彼らの生命力が先に尽きてしまうだろうね。それに・・・・・私は戦うのが嫌で引きこもった臆病者だからね。こういう時には役に立たないのさ。すまないね」
――長い間沈黙が続く。
「もう無理だ」
俺の口からそんな言葉がポツリとこぼれた。
「俺は騎士にはなれない」
辛い。苦しい。こんな思いはもうごめんだ。
「あ~あ。騎士になるなんてアホらしい」
「ふざけるなっ!」
怒鳴り散らしたのはクリスだった。
座り込む俺の胸倉を力任せに掴み上げ、強く強く睨みつけてくる。
「彼らの決意を聞き届けたのは君だろう、ザッシュ!」
「ホントあいつらアホだよなぁ? 自分の命張ってまで何してんだって。笑えるぜ」
「やめろザッシュ。彼らの誇りを汚すな」
「騎士でもねぇのにさぁ。何が一人でも多くの人を守るだよ。それで自分が死んでんじゃ、世話ねぇって」
「いい加減にしろ。ボクの親友を馬鹿にするなっ!」
「そりゃああんな化け物に、王都で暴れられちまったら、少しくらいは被害が出てたかもしんねぇけどさ。騎士団に任せておけば死なずに済んだんだぜ? さっさと逃げればよかったのによ。ホントばっかじゃ・・・っ!?」
瞬間。頬に強烈な痛みが走った。
「これ以上、彼らの思いを、ご自分の心を踏みにじらないでください!!」
サーヤが俺の頬を叩き、涙で濡れた瞳できつく睨みつけてくる。
「ザッシュ君の気持ちは痛いほど分かります。私だって辛い。苦しい。共に過ごした仲間を失ったんです。それは当たり前の感情。でもっ! 彼らはただ犠牲になったわけじゃない。守るという意思を貫いて必死で戦ったんです。それは、あなたが一番よく分かっていることではありませんか?」
分かってるさそんなこと・・・・。
あいつらはもう立派な騎士だ。自分の守りたいもんに命を懸けられる、俺が憧れてやまない本物の騎士なんだっ!
なんで俺はあの場に残ってやれなかった?
一緒に戦ってやれなかった?
逃げ出した自分の弱さが、情けなくて、悔しくて。涙すら流させてくれない。結局俺は何も変わらない。こんな弱い俺に一体何ができる?
「俺は・・・」
「ザッシュ君だけじゃありません。ここにいる全員が彼らに救われた。だからこそ、私たちは騎士となり、人々を守る存在にならねばなりません。違いますか?」
サーヤの言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
そのあまりの痛さに涙が勝手に溢れ出した。
痛ぇ。痛ぇよジェフ!
ちくしょう。もっと、もっともっと強くなりてぇ。
あいつらの残したもんを、俺が背負ってやれるくらいにっ!




