113 嵐の前のなんとやら
走り去ったパイさんとザッシュを背に、俺とティナは肩を並べて目の前のストーンバジリスクを睨み据える。
ヤツは俺たちをエサとしか認識していないのか、鋭い眼光でチラリと一瞥すると、お前らはあとだと言わんばかりに転がっているサラマンダーの尻尾と頭をかっ喰らい始めた。
地面に溶けてしまいそうな黄土色の鱗を強烈な威圧感とともに鈍く光らせ、ゆっくりとその巨躯を引きずり出す大蛇。先ほど丸のみにしたサラマンダーの鮮血が、口元を真っ赤に汚しているさまが、実に不気味で恐ろしげだ。
その異様な化け物を視界におさめつつ、俺は隣に声をかけた。
「さて、こいつはかなり骨が折れそうだね。ティナ」
「ええ。でも負ける気はしないわ」
「ハハハ!そいつは随分と強気だね」
「・・・だってあんたと一緒なんだもの」
小声で何か呟くティナ。
「え?今、なんか言った?」
「な、何でもないわよ!」
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、慌てた様子のティナが妙に可愛い。いつもの倍、いや、百倍くらい。そしてどうしてかは分からないが、ティナが隣にいてくれて心底良かったと、そんな気持ちが溢れて止まない。
俺は思わず吹き出して笑ってしまった。
「プッ!アハハ!」
「きゅ、急にどうしたのよ。怖くて頭でもおかしくなっちゃったの?」
訝しげな顔で俺をのぞき込んでくる真っ黒な瞳。一見すると鋭く睨みつけているようなその目元も実に可愛らしい。これじゃあ俺もザッシュのことを笑えないかもしれないな・・・。
「ううん。俺も負ける気がしないなって思って」
「あら。やっぱりあんたも頭がおかしくなっちゃったのね」
「アハハ!うん。そうかも。ティナが隣にいてくれて物凄く心強いんだ!負ける気がしない!」
「ひぅっ!?な、何言ってんのよ!バッカじゃないの!このす、スケコマシ!!」
「ハハハハ!いつものティナだね!」
いや、よく考えたらスケコマシって全く誉め言葉じゃないな!
こんな時くらい素直に褒めてくれよと思いつつも、ティナの罵倒に不思議な心地よさを感じてしまうというのは、流石に俺の変態性が疑われてしまうのではないだろうか。もしかしたら今の俺、ザッシュよりも気持ち悪いかもしれない・・・。
っとそんな心配は、今は必要なさそうだな。
トカゲの尻尾と頭をうまそうに飲み込んだ大蛇が、ゆっくりとそのかま首をもたげてこちらを向く。ねっとりとした紅を口元にひいて、いやらしくニヤついている化け物の様子は、さっさとかかってこいとでも言っているかのようだ。
「そろそろ楽しい会話も終わりだね」
少し寂しげに言う俺に、しかしティナは元気に笑って
「いいえ終わらないわ!私たちはこれからもずっと・・・一緒なんだから」
一足先に駆けだした。
最後の言葉は俺に届かず、風に溶けて消えてしまう。
けれども、俺には何となく聞こえた気がした。
自惚れじゃないといいなぁ・・・。




