106 妄想と現実
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さて、無事カフスに認められたザッシュであるが、彼はこのあと己の愛を赤裸々にぶちまけ、恋焦がれる水色の少女に猛烈なアタックを仕掛けるつもりのようだ。
そして、彼の脳内ではすでにこの初恋が実り、そのまま幸せの階段を一気に駆け上がるという壮大なビジョン(現実)が見えているらしい。実に羨ましい話である。
しかし、果たしてそのビジョン(妄想)は本当に実現するのだろうか? 本当にここからそんな都合の良い甘いロマンス展開などあり得るのだろうか?
おそらく諸君もすでに気づいていることだろう。この決闘騒ぎはあくまでもカフスとザッシュが勝手にやったことであり、サーヤは一切絡んでいなかったということに。
大体カフスがいつも言っている 「サーヤに言い寄る害虫は僕が駆除する」 などという不遜な言葉自体、あいつが勝手に吐き散らしているだけである。
おまけに俺は、ザッシュとサーヤが仲良く話している場面など見たことがない。なぜなら、ザッシュはいつも俺の後ろに隠れて尻尾を振っているだけで、サーヤとまともにおしゃべりできないからだ。
つまり、何が言いたいかというと・・・。
――「ごめんなさいっ!」
当然フラれる。
残念だったなザッシュ。約束通り骨は拾ってやるから安心して散るがいい。まあ、焚きつけたのは俺なんだけど・・・。
ちょっとの罪悪感と後悔の念を抱きながら、俺は玉砕して頽れるザッシュに肩を貸してやる。
「・・・頑張ったな」
「・・・」
ザッシュは息をするだけの屍となり果て、何一つしゃべらない。
「まあこういうこともあるさ! 次、頑張ろうぜ!!」
「・・・」
「ほ、ほら! これでサーヤも意識してくれるかも! これから積極的に話したりしてさ!!」
「・・・」
「まずは友達からって感じで! どうだ? イケそうだろ?」
「・・・」
ダメだ。ザッシュの顔がこの世の終わりみたいな感じになっている。こいつを蘇生するには教会(孤児院)に連れていくしかなさそうだな。
――放課後。
俺たちはザッシュが育ったという孤児院に来ていた。
元気に走り回る子供たちと洗濯物を取り込む綺麗なお姉さん。おそらくあの人がザッシュの言っていたシスターだろう。俺はシスターと思しきそのお姉さんにさっそく声をかける。
「こんにちわー!」
しかし、先に反応したのは子供たちのほうだった。
「あっ! ザッシュにぃだ!」
「ホントだ! ザッシュお兄ちゃんだ!」
「おかえりザッシュにぃ」
俺の声にではなく、隣で死んだ目をするザッシュのほうにというのが複雑だが・・・まあいいだろう。お姉さんのほうもこちらに気づいたみたいだし。
「あら! お帰りなさいザッシュ君。それと・・・」
お姉さんはザッシュに声をかけ、隣に並ぶ俺のほうを見て小首を傾げる。
「初めまして。ザッシュのクラスメイト兼冒険者仲間のジェフリーと言います。よろしくお願いします!」
俺が軽くお辞儀をしつつ元気よく挨拶すると、お姉さんは少し慌てた様子で洗濯用のエプロンを外してその場に跪き、不自然なほど深く頭を下げてきた。
「お初にお目にかかります。私はこの孤児院でシスターをしているアニエスと申します。ジェフリー様のことはそちらのザッシュから聞き及んでおります。その節は誠にありがとうございました」
なんだろう。やけに仰々しいというか、かしこまった挨拶である。
そう。まるで平民が貴族に対する挨拶をしているみたいな・・・ん?
「おいザッシュ。お前、俺のことなんて話したんだ?」
「・・・」
「おい!」
俺は隣でボーっとしているザッシュに強めの肘うちをかます。
「ふぐっ!あ、ああ。え~と、魔物に襲われて死にそうになっているところを助けてもらったうえに、寄付金をたんまりくれた気前のいい騎士爵家の友人とかそんな感じだったとおもふぐっ!」
追加の一発は余計なことをペラペラしゃべった罰だ。
こんなにかしこまられたらこっちが落ち着かないじゃないか! どうしてくれる!
「あ、頭をあげてください! シスターアニエス。ザッシュの言ったことは、ちょっと大げさというか、ホント大したことじゃないので!」
「しかし・・・」
「と、友達を助けるのは当然ですし! あれはたんに魔物討伐で貰った報酬ですから!」
「いえ、でも・・・」
「それにうちは貴族とも呼べないようなしがない騎士爵ですから、そんなにかしこまられるとこちらが困ります! だからどうか頭を上げてください!!」
アニエスさんはしばらく逡巡したあと、
「・・・・・承知いたしました」
ようやく頭を上げてくれた。
口調は固いままだが、とりあえずいいか・・・。




