103 ヴィーナスの癒し
ザッシュの様子がおかしくなった。授業中も冒険者活動中も身が入っていないというか、覇気が感じられないのだ。
俺が声をかけてもいまいち反応が悪く、
「おいザッシュ。本当に大丈夫か? 最近なんか様子がおかしいぞ? もう騎士学校の入学試験まで時間もないし、しっかりしろよ」
「あ、ああ」
と、終始こんな感じなのだ。
そして不思議なことに、
「なあザッシュ、サーヤが~」
「サーヤがどうしたって?! なあおい!」
サーヤの名前を出すと、お前は薬物中毒者か何かか? というくらい不自然に騒ぎ出して挙動不審になる。完全に重症患者のそれっぽいんだが・・・。
――そんな症状がしばらく続いたある日。
流石に見ていられなくなった俺は、ザッシュを連れてとある場所に来ていた。
最近王都に出来たばかりだという大衆浴場『ヴィーナスの癒し』である。この大衆浴場、普通の銭湯とは全く違う施設で、まず湯船の広さと数が普通じゃない。
それぞれの湯船が百人くらいは入れそうな大きさとなっており、ハーブのような香りがする湯船や果物のような香りがする湯船、泡が大量に湧いている湯船なんていうのもあるし、極めつけは浸かっているだけで軽い傷が消える薬効風呂なんていうのもあるらしい。
目の前にドンと立つ大きな石造りの建物を眺めながら、俺は強引に引っ張ってきたザッシュに声をかける。
「ザッシュも初めてだろ? ここ」
「ああ、こんなとこ来たこともねぇな。大体、銭湯ってやつにも行ったことねぇし、そんなムダ金使うくらいなら孤児院の足しにするぜ。なんでこんなとこに連れてきたんだ?」
「まあまあ、今回は俺が出してやるから。最近疲れが溜まってたろ? たまにはゆっくりしようぜ!」
「・・・」
相変わらずザッシュの反応は悪い。
――しかしそれは建物に入るまでのことだった。
「うぉおおおお!! なんだこれすっげーな!! おいジェフ早くこっち来いよ、すっげーぞ!!!」
テンション爆上がりのザッシュは奇声を上げながら施設内を走り回る。
「おま、ちょっと待てよ! そんなに走んなって!!」
完全に大興奮して庭を走り回る犬っころだな、などと若干失礼な(?)ことを思いながらザッシュのあとを追う俺。
――数時間後。
一通り湯船を楽しんだ俺たちは、リラックス効果のあるハーブ湯に浸かりながらゆっくりとくつろいでいた。
そろそろ頃合いだろうか。そう思った俺だったが、先に口を開いたのはザッシュだった。
「なあジェフ」
「うん?」
「俺、最近おかしいんだ」
「うん」
「サーヤの顔を見たり声を聞くとさ、今日も幸せだなとかすっげー気持ち悪いこと考えちゃったりしてさ」
「うん」
「会話の中でサーヤって名前が出ると、なんかあったんじゃないかって勝手に心配になったりして落ち着かない」
「うん」
「これってあれなのかな?」
「・・・間違いなくあれだろうな」
「・・・どうしたらいい?」
「いってみるしかないんじゃないか?」
「冗談だろ? 俺なんて平民どころか、薄汚い孤児だぜ? 絶対無理だ」
「いってみないと分からない。それに平民から貴族になった人もいる。無理なことはない」
「どこの英雄の話だよ。俺みたいな凡人にゃ無理だ」
「じゃあ諦めるのか?」
ザッシュは一度俯くと、
「まあ、それが一番だよな・・・分かってんだよ。俺が一番よく分かってんだ!」
握り拳を湯船に思いきり叩きつけた。
俺はその横顔を見つめながら問う。
「でも気持ちは消せない、だろ?」
「そう、だな・・・何なんだろうな。これ」
「俺だって分かんないよ。だから無責任にこう言ってやるよ。当たって砕けろ、骨は拾ってやる!」
勢いよくサムズアップをキメた俺に、ザッシュが大笑いして答える。
「たははは! なんだそれ!」
俺はザッシュに向かって拳を突き出して言ってやった。
「いいから全力でいってこい!」
ザッシュは短い溜息をつくと自分の拳を合わせてくる。
「わーったよ! なんかいける気がしてきたわ!」
俺とザッシュの笑い声が、熱のこもった浴室の高い天井に延々と響いていた。




