99 聞かれた!
そんなこんなで目標を無事に達成し、ちょっとすっきりした俺は、家に上がることなく二人に別れを告げると、その足でアンヌさんの魔道具屋『トイボックス』へと向かった。
せっかくここまで来たのだから、たまには挨拶くらいはしておきたい。それに、アンヌさんだったら魔法薬についても詳しいだろうから、今俺を悩ませているこの症状もどうにかしてくれるかもしれない、なんていう淡い期待もある。
まあ、完全に治すまではいかなくても、症状を緩和させる方法くらいは教えてくれるかもしれないからね。聞いてみる価値はあるだろう。
というわけで、俺は路地裏のさらに奥にある一件のボロ屋敷に入ると、ど真ん中に設置されている不思議な扉を潜った。
扉の先には相変わらず息をのむほどに幻想的な空間が広がっており、夢の中を漂っているような心地にさせられる。
やがて見えてきた、これまた相変わらず可笑しな一軒家の扉を、俺は元気よく開くのだった。
「こんにちはー!」
「・・・すぅすぅ・・」
しかし、その言葉に帰って来たのは実に気持ちよさそうな寝息と静寂だった。
やっぱりこのパターンか・・・。
「アンヌさ~ん。起きてくださ~い!」
とりあえず俺は、カウンターに突っ伏している貴公子風の美女に呼びかける。
すると意外なことに、
「すぅす・・・ん?」
アンヌさんは顔を上げ、半目になった。
おっ! まさかもう起きるのか!?
と思いきや
「・・・すぅすぅ」
すぐに顔を下げて横向きになる。
首の位置を調整しただけのようだ。紛らわしい!
「アンヌさん! お客さんですよ~!」
面倒くさくなった俺は、ちょっと乱暴めにアンヌさんの肩をゆすりながら、語気を強めて呼びかけてみる。
「・・・すぅすぅ」
が、やはり起きそうにない。
「う~む」
水でもぶっかけてやろうか、いや、鼻をつまんでやったら苦しくて起き出すかも・・・いっそ水球で窒息させて・・・。
などと、ちょっとヤバめなイタズラ心が顔を出しそうになるが、俺はグッとこらえて起こす方法を思案する。
「どうしようかな・・・」
仕方ない、ここは弟子であるミレーヌさんの声真似で、
「師匠! いい加減起きないとこの店燃やしますよ!!」
とでも言ってみようか。もしかしたら前みたいに慌てて飛び起きるかもしれない。俺は一縷の望みをかけて全力のモノマネに挑戦する決心を固める。
大きく息を吸って、いざ呼びかけようとした
「すぅ~・・・ししょ」
その瞬間だった。
「!?」
お店の扉がカランとなったのだ。
慌てて音がしたほうに目を向けてみると、そこには見覚えのある女性が一人佇んでいた。
優し気に咲くなでしこを思わせる柔和な笑顔といつものお仕着せではない涼やかな水色のワンピースを着た上品な立ち姿。どこからどう見ても良家のご令嬢にしか見えない。
そう彼女は、
「え~と、マリエルさん?」
寮母の、いや、今は美貌のご令嬢マリエル・ウィールズさんであった。
「あらあら、うふふふ! これはジェフリー様、ご機嫌麗しゅうございます」
「・・・・・・へ?」
笑顔で挨拶してくるマリエルさんに俺は何も返すことができず、かろうじて絞り出した声は物凄く間抜けなものだった。
い、今の見られてた(聞かれてた)?!