92 本音
――休憩時間。
互いに剣を振り、あーだこーだと言い合った俺たちは、だいぶ打ち解けていた。
ちょうど良い機会だと、俺は前々から気になっていたことを口にする。
「そういえば、一つ気になっていたんですけど・・・」
「あん? なんだ?」
正直かなり聞きにくいことなんだけれど、どうか許してほしい。この機会を逃したら、もう聞けないかもしれないから・・・。
「あなたは “幸せ” でしたか?」
彼は苦笑をこぼしつつ、困ったように頭を掻いた。
「さあどうだろうな~」
棒読みっぽくテキトーな返事ではぐらかす彼に、俺は真剣な顔を向けて続ける。
「俺は、ある夢を見ました。まるで、自分がそこで生きていたような、そんな鮮明な夢です。きっとあれが、あなたの記憶。そうですよね?」
俺は彼の孤独や苦しみ、絶望がどれほどのものであったのかを知っている。心が死んで、それでもなお、あてもない暗闇を彷徨っていたのを知っている。あんな人生、きっと俺には耐えられない。
それなのに、
「夢で見たあなたは、最後に笑っていました。それが不思議で、ずっと気になっていたんです」
あの夢を見た日、俺は辛さだけじゃない何かを感じた。絶対に最悪な夢だったはずなのに、それほど嫌な気がしなかったのが心底不思議で仕方なかったのだ。
俺の言葉に、彼は一つ長い溜息をついた。
「そうだな。俺の人生は本当にクソだった! なんで罪もねぇ恨みもねぇ奴を殺さなきゃなんねぇ? オモテの世界で笑ってる奴の “幸せ” を、ウラの世界で死んでる俺がぶち壊さなきゃなんねぇ? わっけ分かんねぇだろ!! なあ、俺の人生ってなんなんだよっ!! 壊すことしかできねぇのかよっ!! ふざけんなよっ!!!・・・・・って、ずっとそう思ってた。でもよ」
先ほどの怒号が嘘のように、彼は静かに続ける。
「それでも俺は、一つ救うことができたんだ。たった一つだけど、この汚れきった手でさ、何かを守れたんだよ。自己満足だったかもしれない。余計なお世話だったかもしれない。でもあの時、俺は英雄になれた気がしたんだ。カッコイイ英雄にさ。だから胸張って言えんだ。“幸せだった!” ってな」
彼の言葉は、俺の胸にストンと落ちた。
そして同時に思う。なんてカッコイイ人なんだろう。
彼は間違いなく英雄だったのだ。“幸せ” だったのだ。
だから、俺が彼に返せるのはこの一言だけだった。
「俺も絶対、英雄になります!!」
――そして。
気づけば俺の体は透けてきており、辺りには光の粒が舞い踊っている。
彼は頬を掻きながら、ポツリと聞いてきた。
「あ~ところでよ・・・今、“幸せ” か?」
この答えはきっと彼にも判っているはずだ。彼は俺を内側から見守ってくれている存在。俺自身なのだから。
それでも俺は、あえて胸を張って、満面の笑顔で答えよう。
「と~っても “幸せ” ですよ!!」
薄れていく視界に中、一人の青年がぎこちなくはにかんでいるのが見えた。