温泉旅館でリフレッシュ その6(とある悪魔の受難)
およそ2週間ぶりでしょうか。遅ればせながら、短くなりましたが、更新をすることができました。
前回の話の続きとなりますが、今回の話の中には、防犯部が契約している悪魔が全員集合します。ということで、新登場の「あの方」の契約者は、皆さんは分かりますよね?
個性豊かな悪魔たちをお楽しみください。
ということで、今回もよろしくお願いします。
グラーシャ=ラボラスが口にした「バエル」がどこから来るのか光一が辺りを見渡していると、ナベリウスやアスタロトが現れた時と同じように、露天風呂の入り口の辺りが強く輝きだした。そしてその中に、グラーシャ=ラボラスやナベリウスたちからは感じない強烈な威圧感を持ったシルエットが現れた。
「こ、このプレッシャーはな、何なんですか!?」
慌てた様子で光一はグラーシャ=ラボラスに尋ねた。今まで経験したことがない強烈な気配に恐怖感を感じていた。
「お前たちの前に姿を現すのは久しぶりだな。どれぐらいぶりだ?」
光がゆっくりと消失していくにつれて、はっきりと姿が見えるようになってきたシルエットから、腹の底に響くような重低音を伴った声が聞こえた。
「最後にお会いしたのは、おそらく145年前だったかと」
現れた人影を真っすぐ見つめながらグラーシャ=ラボラスが答えた。普段とは違う丁寧な口調をしていた。
「そうだったか。ひ弱な人間からすれば長い時間だが、我々にとっては大した時間では無いな」
「はい。わたしたちにとっては大した時間ではありません。ところで、バエル様はどうしてこちらへ?」
グラーシャ=ラボラスが尋ねたところで光が完全に消え、現れた存在をはっきりと見えるようになった。
姿を現したのは黒猫を胸の辺りに抱いた1人の年配の男性で、黒色のターバンを頭に巻き、黒色のゆったりとした服を着ていた。この黒服に黒猫という重い配色が、押さえつけるように放たれる威圧感をより重々しいものにしていた。
「配下どもがこぞって『光一』なる人間に会いに行っているという話を風の噂で聞いたのだが、我々の方から会いに行きたがる人間はどういう奴なのか、一目見てやろうと思ってな」
尋ねるグラーシャ=ラボラスに答えながら「バエル」はゆっくりと光一の方へ歩き出した。
(くっ……重い……)
一歩ずつ「バエル」が歩くたびに強くなる圧に耐える光一。そうこうしているうちに、「バエル」は目の前にまでやって来た。
「お前が光一か?」
「……は、はい……」
上から押し潰すように襲ってくる圧に耐えながら、光一はやっとのことで言葉を返した。
「我が名はバエル。そこにいるグラーシャ=ラボラスやナベリウス、アスタロトを含めた71の悪魔を統治する地獄の王である」
左手で抱く黒猫を撫でながら、バエルは自分の名前と役割を告げた。
「じ、地獄の王!?」
今まで関わった悪魔たちとの格の違いを感じた光一は、必死になってバエルから離れようとしたのだけれど、感じている圧のせいか、それとも動揺し過ぎているからか、足が言うことを聞かなかった。
「ナベリウス。この人間はどうしてこんなにも怯えているのだ?」
焦りながら後ずさりをしようとする光一を見たバエルは、近くにいたナベリウスに尋ねた。
「先程のことですが、わたしたち悪魔と関わっていることによって、死後、地獄に落とされるのではないか、という懸念を彼は抱いておりました。今回もバエル様と関わったことによって、何か悪い影響があると考えているのだと思います」
「ふむ、なるほど」
ナベリウスの答えを聞いたバエルは納得したような表情を見せた後、
「心配せずとも良い。もしかしたらナベリウスから話を聞いているかもしれないが、関わった人間を死後、地獄へ誘うようなことはしない。そのようなことをしても我々の利益にはならないからな」
と光一へ告げ、そしてその口元を笑みで歪めた。全身を黒い衣装に包んだ老人のような見た目のバエルがニヤリと笑っている光景は、朗らかというよりも不気味なものだった。
「ほら、バエル様も言ってるでしょ。心配しなくても良いんだよ」
「この下僕は心配し過ぎなのだ。全く、主人として恥ずかしい」
光一のことを「心配性」とでも言いたげな2人に光一は反論しようとしたけれど、依然としてバエルから受けている強烈な威圧感のせいで、反論することはできなかった。
そんな光一たちをよそに、アスタロトがバエルへ話しかけた。
「ところでバエル様は、この後のご予定は?」
「予定など無い。この人間へ会うという目的を達成したからな。あとは戻るだけだ」
「そうですか。それでは1つ案があるのですが、わたしにとってもバエル様とお会いするのはしばらくぶりですので、どうでしょう。グラーシャ=ラボラスが作ったこの温泉へ入っていかれませんか?」
「ふむ。これは温泉というのか?」
「そうです。グラーシャ=ラボラスが、この人間のために作ったという話のようです」
「ふむ。グラーシャ=ラボラスがこれを作ったのか。何か意味があるのか?」
「そこまではわたしも把握しておりません。直接、グラーシャ=ラボラスにお伺いした方がよろしいかと」
「分かった。グラーシャ=ラボラス。この温泉という空間は何だ?」
アスタロトの返事を聞いたバエルは、グラーシャ=ラボラスに尋ねた。バエルの自分への関心が薄まっていることに光一はひとまず安心したけれど、バエルが放つ威圧感が弱まっているということは無く、光一は未だに動くことができずにいた。
「この温泉は、入ることによってリラックス効果を得ることができるものらしく、人間どもがこぞって入りたがるものになります」
「なるほど。そこにいる人間はグラーシャ=ラボラスが契約している人間だったな。ということは、グラーシャ=ラボラスはそこにいる主人にリラックスをしてもらうために作ったのか」
「いえいえいえいえ、こやつはわたしの主人では――」
「そうです。グラタンは主人のためなら何でもするという、下僕の鏡のような悪魔です」
「光一がグラーシャ=ラボラスの主人である」ということを口にしたバエルの話をグラーシャ=ラボラスは必死に否定しようとしたけれど、その言葉を掻き消すようにナベリウスが肯定した。
「ナベリウス! バエル様の前で何を言う! それは間違いだと何度言ったら分かるんだ!」
「えっ? ということは、グラタンはバエル様のお考えを否定するつもりなの?」
「否定ではない! 訂正させていただくだけだ!」
「訂正ね。でもさ、どれだけ否定したとしても、周りの見方はたぶん変わらないと思うよ。アスタロトは、この関係を見てどう思う?」
「わたしですか? そうですね、このような素晴らしい精巧な空間を作り上げるにはかなりの労力が必要かと思います。これはもう奉仕と言っても過言ではないことを考えると、グラーシャ=ラボラスの方が配下――」
「アスタロト、貴様……」
「ど、どちらかというと相棒と呼んだ方が良いかと思います!」
「グラタン。アスタロトに圧力をかけたらダメだよ」
「圧力ではない。間違った認識を訂正しているだけだ」
「でもさ……そうだ!」
そう言うと、ナベリウスは虚空を見上げた。そして、
「アンドロマリウス! フルカス! 近くにいる? いたらさ、ちょっと、ここに来てほしいんだけど」
とここにいない2人の悪魔へと呼び掛けた。
「儂は大丈夫じゃ」
「俺も行けるぞ」
2人の声が露天風呂に響くと同時に再び入り口の辺りが強い光を放ち始め、その光の中から、腰まで伸びた白髪と身長と同じぐらいの長さの真っ白な顎髭を蓄えた、黒色のローブを纏う老人のような見た目のフルカスと、古代ローマにいたかのような服装をした彫りが深くて顔が濃いイケメンのアンドロマリウスが現れた。そして2人は、バエルに急ぎ足で近寄り、
「おぉ、バエル様。おひさしゅう」
「バエル様。お久しぶりでございます」
と言うと、ほぼ同時に深々と頭を下げた。
「元気だったか?」
「儂は変わらず」
「問題無く過ごしておりました」
バエルに会ったのが久々だったようで2人は笑顔で頷いた。
「ところで、ナベリウス――」
バエルとの挨拶を終えた後、フルカスがナベリウスへと話しかけた。
「儂たちを呼んだ理由はグラーシャ=ラボラスが原因のようじゃが、何かあったのかのぅ?」
「フルカスとアンドロマリウスに、グラーシャ=ラボラスとこの人間の関係性について確認しようと思ったんだ。明らかにグラタンは下僕なのに――」
「主人だ!」
「俺は下僕だと思ってるが?」
「そうだな。儂もどちらかというと下僕だと思うがのぅ」
「……お、お前ら……」
グラーシャ=ラボラスが作り上げた露天風呂に集合した悪魔6人のうち、バエルとグラーシャ=ラボラスを除いた4人は、「グラーシャ=ラボラスは光一の下僕である」という結論を下した。その光景を目の当たりにしたグラーシャ=ラボラスは、一言呟くと下を向き、首を何度か横に振った。
「ははは。殺戮を司るグラーシャ=ラボラスも、ここでは形無しだな」
その光景を見たバエルは、露天風呂に響き渡る声で笑うのだった。
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次の更新も少し時間が空くかと思いますが、どうかよろしくお願いします。




