「ヤマンバ山荘」での調査 その5
ほぼ一週間ぶりです。今回の話もよろしくお願いします。
さて今回は、冬美が「ヤマンバ山荘」の調査を行い始めるまでの話になります。詳しくは本編にて。
今回の話もよろしくお願いします。
「何かありましたか?」
防犯部の4人が戻ったところで、阿部が尋ねた。おそらく、さっき夏奈が悲鳴を上げた時のことを言っているのだろう、と光一は思った。
「いえ、大丈夫です。驚かせてすみません」
「そうですか? 宗像部長がそう仰るのでしたら」
功人の答えを聞いた阿部は、最初のうちは「大丈夫なのかな?」と半信半疑な表情をしていたけれど、功人が極めて冷静に答えたことでそれ以上のことを尋ねようとはせず、
「ところで、今から調査をされるということでよろしいですか?」
腕時計を一度確認してから別のことを尋ねた。
「はい。改めて準備できましたので、これから調査を行います。逆にそちらのご都合は大丈夫でしょうか?」
今度は功人が阿部に尋ね返した。光一がポケットに入れていたスマートフォンで時間を確認すると、ディスプレイには「13:57」という表示が映し出されていた。
「村田部長。署から連絡来た?」
「連絡ですか? 来てなかったと思いますけど――」
阿部に尋ねられて自信無さげに呟いた村田は、一応の確認をしようと自分のポケットに入れていたスマホを取り出して、その画面を一瞥すると、
「やっぱり来ていませんね。阿部課長はどうですか?」
と阿部へ尋ね返した。
「こっちにも来てないよ。まぁ、ここで起きた殺人事件のような事案がポンポンと起きて連絡が頻繁に来るようじゃ、うちみたいな田舎の小さな警察署はパンクするよ」
最後に、ははは、と笑うと阿部は功人の方を向いて話し始めた。
「こちらは大丈夫ですので、どうぞ調査をされてください。わたしたちはみなさんの邪魔をしないように、少し離れた場所から見学をさせていただきます。管区警察局の方が仕事をされるのを見る機会はほとんど無いですからね」
「構わないですよ。調査自体は警察らしい仕事ではないので、そちらの参考になるかは分かりませんが」
一歩退いて見学をする気満々の阿部と村田に、功人は苦笑しながら答えた。防犯部が調査を行う時には時間を止めるから見学などできるわけがないのだけれど、それを言うこともできない複雑な心境が表情に表れているようだった。
話が終わり阿部と村田が少し離れたところで、功人は3人の方を向き調査ができるかどうか尋ねた。
「さて、調査を行うことができるだろうか?」
「はい!」
いつもと少し様子が違っているものの、3人は溌剌とした言葉を返した。
「分かった。とりあえずその前に、調査の邪魔にならないように星野君が持っている傘と、川崎君が持っているその小さなポーチを預かろう」
「ありがとうございます」
功人の配慮を受けて、光一は手にしていた傘をすぐに手渡した。
「あ、えっと……分かりました。よろしくお願いします」
冬美はやや躊躇したけれど、最終的には功人へポーチを手渡した。冬美の持ち方に倣って、功人はそのポーチを丁寧に取り扱っているようだった。
2人から傘とポーチを預かった後、功人も一歩分だけ後ずさった。3人の調査を少し離れた場所から見守ろうとしているようだった。
九重警察署の2人と功人が離れた後、3人は調査のための準備をし始めた。
「それじゃ、夏奈が最初に時間を止めるから、冬美は……えっと、光一君と調査をお願い」
「は、はい。了解です」
「光一君は、えっと……冬美のことをお願い」
「はい! わ、分かりました!」
「それじゃ、夏奈は少しだけ離れて時間を止めるから。後はよろしくね」
そう言うと、夏奈は冬美と光一を一度ずつ見た後、少し離れた場所へと移動した。そして、隣り合って立っている冬美と光一を再び一瞥してから軽く頷くと、右手で右耳に着けてあるピアスに触れ、
「止まれ……」
と冬美や光一が聞き取れるか聞き取れないか分からないぐらい小さな声で呟いた。その瞬間、夏奈の足下に、外周に「NABERIUS」が等間隔に書かれた直径2メートルぐらいの模様が浮かび上がり強い光を放ち始めた。そして、再び世界は動きを止めた。
それから間もなくして、阿部と村田を一瞥して小さく肯いた冬美は、今度は光一の方を向いた。
「光一さん。それでは、よろしくお願いします」
そして、右手を右耳のピアスに当てた後、左手を握り拳にしたまま光一へ差し出した。
「えっと、ひ、左手を掴むんですよね?」
「そうです。お願いします」
「そ、そのまま握り拳を掴めば良いんですか?」
「はい。そのまま掴んでください」
差し出した左手の握り拳をそのままに、冬美は真剣な表情で光一に答えた。「異性に手を握られる」ということを全く意識せずに仕事に集中しているその様子を目の当たりにした光一は、
(冬美さんはあくまでも仕事のためにしているんだ。俺も仕事に集中しなきゃ)
作り上げた「鉄の意志」に意識を集中し、
「よ、よろしくお願いします」
と一言だけ断りを入れた後、冬美が左手に作った握り拳を覆うように自分の右手でそっと掴んだ。一瞬だけ冬美の左手がピクっと反応したけれど微動だにしないその表情から、光一はその胸中を察することはできなかった。
「朝倉君! 空間に歪みが生じている! 時間停止に集中するんだ!」
「は、はい! すみません!」
冬美の左手を握る光一の耳に、やや慌てた様子で注意する功人の声と、こちらも慌てた様子で何かに対応をしようとしている夏奈の声が聞こえた。
ただ、自分の精神状態をかき乱そうとしてくる、冬美の左手から伝わる温もりと女性特有の柔らかさに対して「鉄の意志」と共に必死に抗っている光一には、何が起きているのか確認するための余裕は無かった。
それから間もなくして、
「すみません! もう大丈夫です!」
という夏奈の声が少し遠くから聞こえた後、
「朝倉先輩は準備ができたようです。光一さんは大丈夫ですか?」
光一の右側に立っている冬美が声をかけた。
(すみません!)
その時のことだった。光一の頭の中に、今まで聞いたことがない生真面目そうな口調の男性の声が響いた。
「はい!」
「分かりました。それでは調査に集中する時間を取りますが、準備ができ次第調査を行います」
光一の返事は、突如として頭の中に響いた男性の声へ宛てたものだった。しかし、そんなことが起きていることなど知る由もない冬美は、それが自分への返事と解釈したようで、準備を終えたらすぐに調査を行うことを光一へと告げた。
「えっ!? 俺はまだ――」
冬美から感じる女性らしい感触に完全に適応できていなかった光一にとって、この展開は急転直下だった。だから、なんとか時間を作ってもらおうとしたのだけれど、
(お願いします。わたしの主人の一大事なのです。あなたの支援が必要なのです)
「……」
再び、頭の中に響いた生真面目そうな男性の声が邪魔をした。
(この声は、もしかして……)
話しかけてくる男性の声は悪魔のものかもしれない、と今までの経験から推測した光一は、その正体を突き止めるために思い切って尋ねた。
(あなたは一体誰ですか?)
(わたしはグラーシャ=ラボラスの友人であり、契約者である主人に仕える悪魔のアスタロトといいます。今回は主人を助けるために、あなたに声をかけさせていただいております)
光一の予想していたとおり、声の主は「アスタロト」と名乗る悪魔のものだった。自分が契約しているグラーシャ=ラボラスの名前を出されてしまった以上、その声が言うことを信用しないわけにはいかなかった。
(主人とは、もしかして――)
(おそらく、考えていらっしゃるとおりです。あなたが手を握っていらっしゃる冬美様です)
(冬美様って……)
その悪魔の口調は、今まで光一が関わった悪魔たちとは違って、かなり律儀なものだった。
「それではいきます……」
光一がアスタロトと頭の中で話をしている間に、準備を終えた冬美は調査に取りかかり始めた。
(お願いします! 主人を助けてください!)
(あー、もう! わ、分かりましたよ!)
現実世界でも頭の中でも追い込まれてしまった光一は、覚悟を決めざるを得なかった。
「お願いします……」
それからまもなくして、右手で右耳に着けられたピアスに触れている冬美の呟きが聞こえた。
その瞬間、廃山荘の上空5メートルほどの場所に、外周に「ASTAROTH」というアルファベットが等間隔に書かれた直径が20メートルほどの模様が広がり、冬美が立っている場所にも、そこを中心に直径が1メートルほどの同じ模様が広がった。
(さっきよりもしっかりとした形をしてる。今度の調査は大丈夫――)
広がった模様がさっきよりもしっかりとしていたことに光一が安心していた時のことだった。
(うわっ! ま、眩しい!)
その2つの模様が、直視できなくなってしまうほどの強い光を放ち始めた。
冬美による調査が遂に始まったのである。
「いいね」や評価、感想、ブックマークをしていただければ、とても励みになります。よろしければポチっとしてください。よろしくお願いします。
またこの話の全体的なプロローグにあたる「光一くんのピアスはプライスレス 第零章」も併せてよろしくお願いします。
業務多忙に合わせて昇任試験があるため執筆時間がなかなか取れず、次のお話まで時間が空いてしまうかもしれませんが、次の話もどうかよろしくお願いします。




