悪魔がいきなり呼び出した理由
前話から約10日。目標の二週間以内はなんとかクリアといった感じですが、もう少し早く更新できるように頑張ります。
お時間があればプロローグから読んで頂ければ幸いです。
どこまでも抜けるような青空と、人の気配を全く感じない天神の街並み。そして、渡辺通りと明治通りが交わる大きな交差点のど真ん中に立つ光一。
「ここは……いつもの場所か」
光一にとってこの光景はすでに馴染みのものになっていた。
「ということは……」
光一がここにいる時、だいたい目の前にはグラーシャ=ラボラスやナベリウスがいるのである。
「こうやって会うのは久しぶりだな」
「元気にしてた?」
今回も例に漏れず光一の目の前には、背中に大きな翼を持つゴールデンレトリーバーのような見た目の悪魔「グラーシャ=ラボラス」がお座りの姿勢で向かって左側に、それと同じぐらい大きく頭に派手な装飾が施された王冠を戴くカラスのような見た目の悪魔「ナベリウス」が向かって右側にいたのである。
「いきなりお昼に呼び出すのはできれば止めてもらえませんか? 夜寝ている時は問題無いですけど」
あっけらかんとした様子で話しかける二人に光一は苦言を呈した。ただ、悪魔を相手にしているのを分かっているからか、その言い方は抑え気味だった。
「仕方がないのだ。こっちも急でな」
「そうなんだ。君に急いで『ある事』を話しておかないといけなくなったんだよ」
そう言うと、ナベリウスは右の翼で頬を掻いた。
「ある事? それってそんなに大切なことなんですか?」
「ナベリウス。この先は任せるからな」
光一の質問を無視するかのように、グラーシャ=ラボラスは左の前足をポンっとナベリウスに当てて話すように促した。
「うん。彼を呼び出してくれてありがとう、グラタン!」
「き、貴様! またその呼び方を! だからそれは止めろと何度言ったら……」
「グラタン」と呼ばれて何かを大切なものを失ったかのような様子を見せるグラーシャ=ラボラスは、溜め息を一つ吐いてから俯くと、数回首を横に振って黙してしまった。
「それじゃ時間が無いからいきなり本題に入るけど、君に話しておかないといけないのは、実は夏奈についてなんだ」
穏やかだった表情から一転して真面目な表情を見せたナベリウスの口から飛び出したのは、光一が全く予想していなかった夏奈という名前だった。
「か、夏奈さんについてですか? でも、どうして俺に?」
「まずはその理由を話す前に、君はグラタンと契約した日に、夏奈が言ったことを覚えてるかな?」
「契約した日に夏奈さんが言ったこと……」
ナベリウスが再び口にした「グラタン」という言葉に、グラーシャ=ラボラスは反応しなかった。だけど、そんなことを気にする余裕の無い光一は、ナベリウスの言葉をオウム返しにすることしかできなかった。
「そう。君がピアスを着けることがグラタンとの契約、つまり悪魔と契約するということを僕たちから聞いた後に夏奈たちに激昂した日のことなんだけど……もう忘れてるかな」
ナベリウスに言われ、光一はあの日のことを思い出そうとした。しかし、あの日から始まった新生活には色々なイベントが多すぎて、そんなことがあったなということを朧げに思い出すことができても、誰が何を言ったかまでは思い出せなかった。
「えーっと……すみません。よく覚えていないです」
「そっか。ということは今から話す話は急に感じるかもしれないけれど、単刀直入に言うとね、今君を含めた三人で仕事に出ているけど、もし何かが起きた時は、夏奈のことを助けてもらいたいんだ。よろしく頼む!」
そう言うと、ナベリウスは光一に深々と頭を下げた。
「えっ、夏奈さんのことを助けるって……それは一体どういうことですか?」
意気込んだ様子で話すナベリウスの言葉を、光一はすぐに理解することができなかった。
「その様子だと、うまく伝わってないかな……」
光一が全く理解していない様子を見せたからか、慌てた様子で顔を上げたナベリウスは、
「具体的に言うとね、調査をしている時とかに夏奈に寄り添ってほしいんだ」
と伝えたかったであろうことをはっきりと口にした。
「か、夏奈さんに寄り添うですか!?」
人の気配が無い天神の街並みに光一の叫び声が響いた。ナベリウスの話したことが、光一の想像を遥かに上回っていたからである。
「そう。あ、だけど、物理的に寄り添ってほしいわけじゃなくて、夏奈に安心感を与えられるように、君が傍にいるということを意識させるだけで良いんだ」
「あ、な、なんだ。そういうことか……」
「何だ? 女性が苦手なくせに、言葉の解釈はまんざらでもなさそうじゃないか」
光一に突っ込むグラーシャ=ラボラス。光一が「寄り添う」という言葉を物理的に解釈したことを見抜いていたようで、「グラタン」と呼ばれてさっきまで落胆していたのが嘘のように、ニヤリという表現がマッチする表情をしながら光一を見つめていた。
「ち、違いますよ! 寄り添うっていう言葉に焦っただけです!」
そんなグラーシャ=ラボラスとは対照的に、光一は必死になって否定していた。「寄り添う」という衝撃的な言葉に思考回路が追い付かなかっただけで疚しい気持ちは一切無いのに、誤解されたままにしておきたくなかったからである。
「グラタン! 大事なところなんだから茶化さないで!」
「お、おう……す、すまない……」
ここで、光一に助け船を出したのはナベリウスだった。大切な話をしている時に横槍を入れられたことに怒っているようで、その豹変ぶりに驚いた様子のグラーシャ=ラボラスは、怒られた犬のようにドン引きして固まってしまった。
「それじゃ話を続けるけど、僕が君にこういうお願いをするのには理由があるんだ」
一つ深呼吸をした後、ナベリウスは話を続けた。
「君がグラタンと契約した日、夏奈は君を引き留めるために、昔のことが原因で人と関わる時に躊躇したり憶病になったりしてしまうということを自ら話しているんだ。今日は時間が足りないから夏奈の過去について説明できないけど、今まで自分から言うことが無かった夏奈が、君に自分の過去を自ら話したから僕はとても驚いたんだよ」
そう話すナベリウスは、光一の方を真っすぐに見つめていた。
「それともう一つ僕が驚いたのは、夏奈が自分から調査に行くことを希望したことなんだ。思念を消去する時は、人と関わることがほとんど無いから問題は無かったんだけど、調査班の人手が足りずにどうしても調査に同行しないといけない時はとにかく大変だった。夏奈が全く行きたがらなくてね」
「行きたがらないって、それは一体どうしてですか?」
「人と話すことが苦手になってしまった夏奈にとって、警察官や関係者と話す可能性があるかもしれない、ということがネックになっていたんだ。だけど、そんな個人的な事情は仕事よりも優先されるわけがなくて、今までは彩子や冬美が宥めてなんとか連れ出していたんだよ。でもそんな夏奈が、今日は立派な理由まで付けて自分から現場に行くということを言い出した。これは過去に囚われている夏奈にとって大事なターニングポイントになるし、そのきっかけになったのは君にあると僕は思うんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は何もしてないですよ!」
「そう言うと思ったよ」
そう言うナベリウスは笑顔だった。
「何かをしてあげたということじゃないんだ。君の存在が夏奈を前向きにさせたんだよ。君が女性を苦手にしていることはグラタンから聞いているけれど、君が夏奈の『心』に寄り添ってくれると、停滞している夏奈が少しだけでも前進することができると思うんだ。本当に頼む」
そう言うと、再びナベリウスは頭を下げた。
「そ、そんなことを急に言われても……」
光一はナベリウスの言葉をすんなりと受け入れることができなかった。初めての経験となる今日の調査で色々なことを学びたいと思っていた光一だから、女性に免疫が無いことも含めて、調査を行っている時に夏奈を精神的に支えることができるか自信が無く、安請け合いをしてはいけないと思ったからである。
「ナベリウスがここまで頭を下げているのだ。頼みを聞き入れてもいいのではないか?」
ナベリウスに怒られて大人しくしていたグラーシャ=ラボラスが口を開いた。
「それにお前に何か特別なことをしろと言っているわけではなく、今の話だと、さりげなく声をかけるだけでも良いとわたしは思うぞ。要は夏奈という女にとって大切なのは、お前の何気ない支えだからな」
「だとしても、やはり難しいですよ……」
グラーシャ=ラボラスがフォローを入れたけれど、光一がすんなりと首を縦に振るまでには至らなかった。
「分かった。僕も難しいお願いをしているというのは分かっていたから、すんなりと受け入れてもらえるとは思っていなかったよ。だけど、ここから外の世界に戻った後、もしできそうなら夏奈のことを助けてあげてほしい」
そう言うナベリウスを見つめながら光一は一つの疑問を抱いた。ナベリウスにとって夏奈は単なる契約者に過ぎないはずなのに、それ以上の存在として気にかけているように光一の目に映ったからである。
「どうしてそこまで夏奈さんのことを気にかけるんですか? 悪魔とその契約者という関係だけですよね?」
光一の質問を聞いたナベリウスは穏やかな笑顔を浮かべた。そして、
「それはね、夏奈は僕の契約者だけど、それと同時にパートナーだからだよ」
と優しい声で答えた。
「パートナー……か……」
ナベリウスが答えた一言を、光一は噛み締めるように一度だけ復唱した。
いつも読んで頂いている方、本当にありがとうございます。
これからも続けられるように努力します。