「あの子」と過ごす車中での話
前回から約1週間で投稿できるとは思っていませんでした。
お時間があればプロローグから読んで頂ければ幸いです。
「この車ですよ、光一さん」
防犯部を出てすぐの所にある月極駐車場で貴格が指差したのは、その一角に止まっている真新しい黒色のSUVだった。防犯部のメンバーが仕事で使用する、いわゆる公用車である。
「かなり綺麗な車ですが、もしかして新車ですか?」
「そうですね。半年前に更新したばかりです」
「へぇー。やっぱり新車は良いなー」
星野家が使っている自動車を父親が購入したのはおよそ八年前。購入したその当時はもちろん新車だった。だけど、いくら大切にしていても、時の流れに抗えるものは存在しないというのが世の常である。八年が経過して年季を感じるようになってしまった「マイカー」を日頃から目にしている光一にとって、目の当たりにしている新車が羨望の対象になるのは仕方がないことだった。
ただ、光一がこの話題を口にしたのは単に新車を羨んでいるからだけではなく、もう一つの理由があった。それは、現場での調査という「初体験」を前に緊張している自分の気を紛らわせるためだった。
「ははは。初めての現場だからといって緊張し過ぎはダメですよ、光一さん。リラックスですよ、リラックス」
もちろん、その様子を見た貴格がそれを見抜くのはいとも簡単なようで、運転席の方へ回り込みながら、光一にリラックスできるように話しかけた。
「は、はい。ありがとうございます」
「光一君とドライブだー。嬉しいなー」
光一の隣にいる夏奈は、幾分かは緊張している様子を見せているものの、光一と一緒にいられる喜びの方が大きいようで、右耳に着けられたナベリウスのピアスを揺らしながら満面の笑みを浮かべていた。
「ドライブじゃなくて仕事に行くんだけど……」
貴格のおかげで幾分か緊張は和らいだものの、夏奈と一緒にいることへの不安が、光一の中で膨らみつつあった。
駐車場で現場に行く用意をしているのは、調査班長の貴格と、普段は派遣されることが無い遂行班の夏奈と光一の三人である。どうして調査班のメンバーである冬美がおらず、光一と夏奈が同行することになったのか。それにはちょっとした偶然と止むを得ない事情があった。
まず、本来行くべきである調査班の冬美がメンバーに入っていないのは、管区警察局で行われる「継続的イノベーションを目的とした運営改革会議」に出席しなければならないからだった。それも今回の会議は九州管区警察局長が出席することになっていて、普段であれば仕事優先で欠席させる功人でも、今日はそうすることができなかった。
「だけど古賀君一人に全てを押し付けるわけにはいかない」
しかし功人は、調査班長である貴格一人だけを現場に派遣するのは負担が大きすぎると判断したようで、
「星野君には申し訳ないけど、仕事を知るという目的も含めて、古賀君と一緒に行ってもらえないだろうか?」
光一にその白羽の矢を立てた。言葉どおり、光一に色々な経験をさせながら貴格の補助をお願いするためだった。この功人の打診を色々なことを経験する良い機会と考えた光一は、
「はい! 了解です!」
二つ返事で了承した。これが、光一が同行することになった理由である。
最後に、どうして夏奈が同伴することになったのか。これは、この話の続きで明らかになる。
光一の気持ちの良い返事を聞いた功人が、
「よし、それでは……」
と話を進め始めたことで、今回のメンバーは貴格と光一に決定すると思われた。しかし、光一を誰よりも気に入っている「あの子」が放っておくわけがなかった。
「夏奈も行きます!」
同行することを希望する夏奈は、事務所の天井を貫通しそうなほど勢いよく右腕を挙げ、揺るがない決意を秘めているかのような表情を見せていた。
「思念がいるかもしれない場所に調査に行くなら、夏奈は遂行班から二人出す必要性があると思いますっ! それに、光一君は今回の調査が初めてなので、古賀さんだけではなくて『先輩として』夏奈も同伴する必要性があると思いますっ!」
「先輩として」という部分を強調しながら夏奈が語った同行する理由は、極めて理に適っているものだった。確かに思念がいる可能性がある場所へ行くわけだから、もしものことを考えると遂行班は二人いる方が良いのである。だけど、彩子を派遣するとなると二人の班長を同じ現場に派遣することになるため、事務所を手薄にすることは避けるべき、ということを考慮すると良い人選とは言えず、必然的に光一と夏奈を派遣せざるを得ないのである。
「夏奈ちゃん。本当に大丈夫なの?」
この夏奈の考えを否定はしなかったものの、何かしらの不安を抱いているような表情で彩子が尋ねた。
「大丈夫ですよー。古賀さんや光一君もいるし」
そう答えた夏奈の表情は、彩子の不安を完全に払拭してしまいそうなほどの笑顔だった。
「夏奈ちゃんはこう言っていますが、古賀さんは大丈夫ですか? 調査をしながら配慮をするのは大変と思いますが……」
夏奈の返事を聞いた彩子は、最終確認というニュアンスを込めて貴格へ尋ねた。苦笑するその表情には諦めが混ざっているように光一には見えた。
「僕ですか? 僕は大丈夫ですよ。朝倉さんが乗り越えようとする気持ちがあるなら、同僚として応援したいですから」
穏やかな笑顔で答える貴格。
「春日君。心配するのは分かるけれど、朝倉君から言い出したことだから今回は本人の自主性に任せてみよう。成長の良い機会かもしれない」
功人も貴格に同調するように答えた。
「分かりました。そうですね。夏奈ちゃんについて盲目的になっていたかもしれません。部長のおっしゃるとおり、今回は夏奈ちゃんの自主性に任せてみます」
功人と貴格に夏奈を止めようとする気が全く無さそうな気配を感じ取った彩子は、ここが引き際とばかりにあっさりと引き下がったのだった。
こうして、貴格や光一と共に夏奈が現場に派遣されることが決まったのである。
「それでは行きましょう。光一さんは助手席で、夏奈さんは運転席の後ろの座席に座ってください」
スマートな所作で運転席に貴格が乗り込むと、緊張した面持ちの光一は助手席へ、少し不安げな笑顔を見せる夏奈は貴格のすぐ後ろの席にそれぞれ座った。そして二人が乗ったのを確認した貴格は、現場へ向けてSUVを発進させたのだった。
三人を乗せたSUVは、駐車場から出た後に天神北料金所から都市高速へ入り、そのまま大宰府インターチェンジ経由で九州縦貫自動車道へと入った。平日ということもあってそこまで混んではおらず、目的とする船着場へは時間どおりに到着しそうだった。
カーラジオから流れる音楽やDJの軽快なトークを聞きながら現場へ向かっていると、
「そういえば光一君は運転免許、持ってるの?」
大宰府インターチェンジから九州縦貫自動車道に入ったところで夏奈が尋ねてきた。
「い、いや、持ってないですけど……」
「運転免許、あったら良いよねー。そういう夏奈も実は持ってなくてさ……そうだ! 夏奈と一緒に運転免許を取りに行こうよ!」
「えっ!? い、一緒にですか?」
「頑張って一緒に取ろうよ! 光一君と一緒なら夏奈も頑張れると思うんだー」
「えぇ……それはちょっと……」
ヤバい、と光一は心の中で焦っていた。ここで早く話を打ち切らないとあっという間に夏奈のペースに巻き込まれて、一緒に運転免許を取りに行くことが決まってしまうと思ったからである。それだけはなんとかして避けるべく、乱されまくっている思考回路をなんとか動かして考えた結果、
「古賀さんは、いつぐらいに運転免許を取りましたか?」
貴格へ話を振るという結論に至った。
「僕は大学生の時に取りましたよ。自分の車を買って行った初めてドライブは佐賀県警に採用された後で、当時はまだ結婚していなかった妻と一緒に阿蘇山に行きましたね」
光一の無茶ぶりに焦ること無く、運転に集中しながらも貴格は笑顔で答えてくれた。
「へー。それでどうだったんですか?」
話が打ち切られて不機嫌になるかと光一は思ったけれど、夏奈は貴格がおまけに付けたエピソードに食いついてくれたようだった。話を切り替えるという目論見が成功した光一は「ふぅ」と一つ小さな溜め息を吐いた。
「確か日帰りでしたね。その時は既に刑事になっていたのであまり時間が取れなくて。でもそれでも楽しかったですよ。一つの問題を除いてはですけどね」
「それって、どんな問題ですか?」
目線を合わせないようにしながらバックミラー越しに夏奈の様子を窺うと、話を楽しんでいるようだった。
「お恥ずかしながら道に迷ったんですよね。それで予定が大幅に狂って、温泉に行く予定だったんですけど行けずに、結局大観峰に行って終わってしまいました」
ははは、と貴格は笑って見せた。
「それってヤバくないですか?」
「いやー、大変でしたよ。助手席にいる妻の機嫌が少しずつ悪くなっていくのが分かりましたからね」
貴格は当時のことを思い出しているようで苦笑していた。
「奥さんの気持ちは分かりますけど、古賀さんも道に迷いたくて迷ったわけじゃないですよね。運転してた古賀さんが可哀想ですよ」
「朝倉さんは優しいですね」
「光一君! 夏奈は光一君と一緒なら道に迷っても絶対に怒らないから安心してね!」
「……は、はぁ……」
貴格と夏奈が二人で盛り上がっているからもう大丈夫だろう、と思って油断していたところに打ち込まれた夏奈の不意打ち。光一は間の抜けた返事しかできなかった。
三人を乗せた車は九州縦貫自動車道を順調に南下し、鳥栖ジャンクションを抜けて長崎自動車道へと入った。
「一度休憩しましょうか。光一さん、緊張していませんか?」
「山浦PA」の表示が見えた所で貴格が話しかけた。
「初めての現場検証ですから緊張します」
「僕がいるから大丈夫ですよ。リラックス、リラックス……夏奈さんはも大丈夫ですか?」
光一をフォローした後、貴格は夏奈へ尋ねた。
「は、はい。古賀さんのおかげでまだ大丈夫な感じです」
「夏奈さんも何かあれば言ってくださいね」
「ありがとうございますっ!」
光一と同じように夏奈をフォローすると、貴格はいつもと同じ穏やかな表情を見せた。
その後、休憩するために山浦パーキングエリアに入って駐車したその時、
(こっちの世界に来い。伝えておくことがある)
光一の頭の中に、右耳に着けているピアスの主であるグラーシャ=ラボラスの声が響いた。
「えっ! ちょ、ちょっと……待っ……て……」
その声に抵抗する間もなく、光一の意識は一気に遠のいていった。
できれば2週間を目途に次の話を投稿できればと思っています。
これからもよろしくお願いします。




