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【第2章完結】光一くんのピアスはプライスレス【第3章執筆中】  作者: 御乙季美津
第1章 光一くんの初体験はプライスレス
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ほのぼの空気を壊したのは2本の「電話」でした

プロローグの後書きにも書きましたが、年末年始から色々とドタバタでなかなか話を書き進めることができず、やっとのことで第2話を書き上げることができました。プロローグと合わせて読んでいただければ幸いです。

 5月22日。

 午前8時。

 天神のとある10階建ての雑居ビルの最上階。

 そこには、強行犯が現場に残す思念の消去を行うために、九州管区警察局が設立した防犯部の事務所がある。


「今日もきちんとしないとな」


 8時30分から始業する防犯部の事務所に一足早く到着した光一は、おそらくどこの業界にもありそうな新人の仕事を忙しなくこなしていた。


 防犯部での新人の仕事は、全員分の机や応接用のテーブル拭きとお茶の用意、そして朝刊をバインダーに挟むことである。これらの仕事を誰よりも早く出勤してこなすことに必要性を見出せない人は不満タラタラだろうし、必要性を理解している人であっても不満の1つや2つを口にするかもしれない。だけど、光一の口から不満が出ることは一切無くて、寧ろ1つ1つの仕事をできるだけ丁寧にこなしていた。それは光一の心の根底に、就職さえも危ぶまれた自分を拾ってくれた職場への感謝の気持ちがあるからである。


 新人の仕事を丁寧にかつテキパキと終えた光一は、自分の席へと向かいパソコンの電源を点けた。そして一つ大きな溜め息を吐いた。


「……何も無ければ良いんだけど……」


 昨夜、ニュースを見ながら晩御飯を食べている時にかかってきた夏奈からの電話。出ないわけにもいかないから仕方なく電話に出ると、なんとタイミングの悪いことに夏奈を敵視する妹の美紗とリビングで鉢合わせしてしまったのである。そして、その状況に慌てた光一が夏奈の言葉を遮るように一方的に電話を切ってしまうと、不気味なことにその後再び電話がかかってくることは無かったのである。このあまりにも不穏な状況に、光一はその「報復」をされるのではないかと内心穏やかではなかった。


「おはよ!」


 噂をすればなんとやらという最悪のタイミングで、入り口の方から明るく元気な挨拶の声が聞こえた。元気な挨拶は、憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる素晴らしい存在であり、1日を乗り切るための活力を与えてくれるものでもある。だけど、その挨拶は光一の表情を思いっ切り引きつらせた。いつも冬美よりも遅い夏奈が自分の次に出勤してきて2人きりになるという状況のまずさを、誰よりも光一は理解しているからである。


「おーはーよー!」


 挨拶を返せないでいる光一の耳に、再び夏奈の挨拶が聞こえた。この状況ではさすがに挨拶を返さないわけにはいかない。


「か、夏奈さん。お、おはよう、ございます」


 ゆっくりと入り口の方へ顔を向けてたどたどしく挨拶を返した。そこには満面の笑みを浮かべる夏奈がいた。


 朝倉夏奈は、防犯部の遂行班に所属している、光一と同じ20歳の女性であり、光一が防犯部に入るきっかけを作った人である。真面目な性格をしているけど、光一に好意を抱いているようなことを他人のことなんかお構いなしに口にするし行動にも表してくるから、女性に免疫が無いという固有スキルを持つ光一にとっては、まさに天敵のような存在と言っても過言ではない人である。


「あれ、光一君、そんなに顔を引きつらせてどうしたの?」


 入り口から自分の席へ移動する夏奈が光一に尋ねてきた。


「い、いえ。べ、別に、何も……」


 ピンク色のブラウスに黒色のスカートスーツを着こなした夏奈から漂うフローラルの香りが光一の鼻に届いた瞬間、女性に免疫が無いという光一の固有スキルの発動を知らせる警報音が頭の中で鳴り出した。こうなってしまうと、光一はまともに会話ができなくなってしまうのである。


「き、気のせい、で、ですよ」

「そう? 気のせいなの?」

 うーん、と考える仕草をする夏奈。しかし、その表情は、

「あっ!」

 という言葉と共に一気に変わった。夏奈の声に驚きながらも、何か良からぬ予感がする、と思った光一は、1歩後ずさりをして夏奈と距離を取った。


「昨日のことを聞こうと思ってたんだった! ねぇ! 光一君はどうしていきなり夏奈の電話を切ったの?」


 光一の前にやってきて、両手を胸の前で組んで仁王立ちをする夏奈は、頬を思いっ切り膨らませていた。強い抗議の意思を示しているようだった。


「えっ、き、昨日、ですか?」

「そう! その理由を聞くために夏奈は冬美が来る前に来たんだから」

「そ、それって、そんなに大……」

 と言いかけて光一は自分の口を両手で塞いだ。

「夏奈にとっては大事なの! 光一君に嫌われたんじゃないかって、なかなか寝付けなかったんだから」

「えー……」


 怒っている夏奈とドン引きしている光一。そんな状態になるなら電話を掛けてこなければいいのに、と光一は心の中で呆れる一方で、絶対に口に出さないようしなければ、と気を付けた。


「それで、どうしてなの? 確か美紗ちゃんの声が聞こえてきたと思うんだけど」


 尋ねながら夏奈は光一に1歩近付いた。

「え、えーっとですね。あ、あの時は……」

 強引に電話を切ったのは、美紗と鉢合わせをしたから、ということ以外に理由は無い。電話を切らざるを得ない威圧感を、美紗の絶対零度の視線は持っているのである。

「ちょ、ちょっと、色々とありまして……」

 ただそれを夏奈にはっきりと伝えて良いのかはまた別の話で、なんとか誤魔化そうと光一は必死だった。


「色々って何?」


 表情を変えずに1歩踏み出す夏奈。

「え、えっと、ですね……」

 後ずさりをする光一。


「夏奈には言えないの?」


 さらに一歩踏み出す夏奈。

「え、あ、その……」

 壁際まで追い込まれてしまった光一は、自分の逃げ道を塞ごうとする夏奈に戦慄を覚えた。頭の中で鳴りっぱなしの「固有スキル発動警報」が、いつの間にか無意味なものになっていた。


「おはようございます」


 その時、入り口の方から1人の女性の挨拶が聞こえた。


「あ! おはようございます!」


 光一にとって「救世主」と言える女性がそこには立っていた。


 彼女の名前は川崎冬美。防犯部の調査班に所属する光一と同じ20歳の女性で、今日のように特殊な条件が揃わない限り、いつも光一の次に職場に来ている。あまり華美な服装を好まないから、仕事の時はいつも白のブラウスに上下黒のパンツスーツという装いである。また生真面目な性格で夏奈のように後先を考えない行動をしないから、光一にとって臆せず話すことができる数少ない女性の1人である。


「ちょっと光一君! まだ話は終わってないよ!」


 冬美の方へ歩みを進めようとした光一だったけれど、見事に夏奈に呼び止められてしまった。

「どうしたのですか? 何かあったのですか?」

 そのただならぬ気配を訝しんだ冬美の質問だった。

「い、いえ、別に大したことは……」

「冬美、聞いてよ! 昨日ね、光一君に電話をしたら、いきなり電話を切ったんだよ。酷いと思わない?」

 光一の返事をかき消してしまうほどの夏奈の声が事務所に響いた。

「光一さんがですか? それは本当ですか?」

「あ、ま、まぁ確かにそうなんですけど、ちょっと色々とあって……」

 誤魔化すことに徹する光一の答えはこれが精一杯だった。


「ところで光一さん。朝倉先輩からの電話は何時頃にあったのですか?」

「確か午後9時前だったと思います」


 光一の返事を聞いた瞬間、やれやれ、と呆れた表情を見せた冬美は数回首を横に振った。そして、


「確かに夜の9時では色々とあると自分は思います。だから、深く追求するのは光一さんがかわいそうですよ」


 夏奈に向かって、きっぱりと自分の結論を告げた。


「えー! 冬美は光一君の味方なの? だって、夏奈は光一君に嫌われたんじゃないかってなかなか寝付けなかったんだよ」

「朝倉先輩がどのような用件で光一さんに電話を掛けたのか分かりませんが、緊急の用事でなければ夜の9時は遅いと自分は思います」

「話をしたくても?」

「そうですね。相手に都合を確認しているなら大丈夫とは思いますが、急に相手の都合が悪くなる可能性はあると思うので、一方的に電話を切られたからと言って追求するのは良くないと自分は思います。人によってはパワハラと感じる人もいると思いますよ」

「ぱ、ぱわはら……そ、そっか」

 冬美の最後の「パワハラ」という言葉は十分な威力を持っていたようで、

「光一君。しつこく理由を聞いてごめんなさい」

 さっきと正反対の態度で夏奈は光一に謝罪した。

「あ、いえ。昨日、慌てて電話を切ってしまったのは俺ですから。こちらこそすみません」

「これでお互いに禍根を残さずに済みそうですね。良かったです」

 夏奈と光一がお互いに謝りあう光景を見た冬美の言葉だった。心なしか、その口元はわずかに綻んでいるように光一には見えた。


 「夏奈と光一の電話騒動」が一応の終焉を迎え、それからしばらく3人で談笑をしていると、


「おはよう」


 という女性の声と、


「おはようございます」


 という男性の声が入り口から聞こえた。


 女性の名前は春日彩子。防犯部では遂行班の班長を27歳という若さで務めており、夏奈と光一の上司である。賜瑞流という運勢鑑定法の宗家の長女で、その証として自然に発現する深紅のメッシュが、黒色ロングヘアーの一部に入っている。今日の服装は水色のブラウスと黒色のフレアスカートとジャケットのスーツで、スレンダーな体系によくフィットしていた。


 彩子と共に出勤してきた男性の名前は古賀貴格。年齢は30歳で、防犯部では調査班の班長を務める冬美の上司である。佐賀県警で警察官として採用されてから色々な事件を解決に導いた名刑事として佐賀県警では有名人で、その後、紆余曲折を経て防犯部に引き抜かれたという経歴の持ち主である。白色のカッターシャツと藍色のスーツを着こなすその姿は、光一の憧れの対象である。


「おはようございます」


 先に出勤していた3人のユニゾンが事務所に響いた。ひと悶着あったけれど、いつもの雰囲気に戻った事務所に光一は安堵感を抱いていた。


「おはよう」


 時刻が8時20分になった時に、事務所に男性の渋い声が聞こえた。

 その声の主は防犯部の部長である宗像功人で、防犯部設立のきっかけを作った人物でもある。白髪交じりの頭は短く整えられていて、白のピンストライプが入った黒色のスーツを着ている様子は、オヤジを特集する雑誌の表紙を飾ることができそうな存在感を放っていた。


 5人の挨拶をその身に受けながら上座にある自分の机へと向かった功人は、

「今日も全員揃っているね」

 と出勤していた5人を見渡して満足そうに頷いていた。


 8時30分になって業務開始を知らせるチャイムが鳴ると、今までの和やかな雰囲気は終わりを告げ全員が仕事モードになった。


 防犯部では、仕事を始める前にまず「ミーティング」と呼ばれる連絡会が行われる。


「遂行班の今日の予定は?」

 進行は部長の功人が務める。

「今日は特に思念を消去するということはありません。先日行った思念の消去について、福岡県警本部長宛の報告書を作成します」

 遂行班の予定は班長である彩子が答えることになっている。

「調査班の今日の予定は?」

「今日は先日の調査結果の報告書を、管区警察局から来た資料と共に作成します。あと川崎さんはお昼から管区警察局での会議に出席してもらうことになっています」

 調査班の班長である貴格が答えた。


「みんな予定の確認は大丈夫かな。それでは僕から幾つか連絡を……」

 各班の予定の確認が終わると、最後に功人が連絡事項を伝えるのが定例となっている。

「まずは管区警察局の総務部から。新体制が始まって2か月が経とうとしているけれど、体調管理をしっかりと行うことと、特に理由の無い体調の変調があれば、気分転換のために積極的に有給休暇を活用してくださいとの連絡です。次に生安部から。これも新年度絡みだけど、学生も新生活に慣れて羽目を外しやすくなってきていることから、特に夜間の声掛けに協力をということです。他の部からの連絡はこれで終わり。それでは、わたしから一言だけど……」

 そう言うと、功人は卓上のお茶に手を伸ばして、一口飲んだ。

「星野君、今日もお茶の用意ありがとう」

「あ、い、いえ。ありがとうございます」

 不意に笑顔の功人が発した褒め言葉に驚いた光一は、感謝の言葉に感謝の言葉で返した。あまりの慌てように、光一の隣の席の夏奈や、そのまた隣の彩子は、ふふふ、と微笑んでいた。


「昨日の夜のニュースだけど、全員見たかな?」

 表情を再び仕事モードに戻した功人の言葉に、全員が頷いた。


「それなら話は早いね。例の筑後川で変死体が発見された事件は、まだ報告も要請の電話も来ていないからよく分からないことが多いけど、警察はああいう事件が発生すると、とりあえず大きくとらえて後々どのように転んでも問題にならないように対処することを基本としているから、防犯部にも何か要請があるかもしれない。だから、しばらくは連絡があることを想定しておくようにね。それでは今日のミーティングは以上。仕事を始めようか」

「はい」

 5人の返事を合図に、防犯部のそれぞれの仕事が始まった。


 始業から20分が経過した8時50分頃。ちらほらと私語はあっても基本的に静かに仕事が行われる防犯部の静寂を、功人と貴格の卓上にあるそれぞれの電話がぶち壊した。


「はい。防犯部、宗像です……お疲れ様です。本部長からの電話ということは何かの要請ですか?」


 功人は、警察の階級制度の中で上から3番目にあたる「警視長」という階級と同等の扱いであるため、様々な用件で電話を掛けてくる九州各県の警察本部長と基本的には同じ立場で話すことが多い。


「はい。防犯部、古賀です……あ、お久しぶりです。元気にしていましたか?」


 その一方で、「警視正」という階級と同等の扱いをされる貴格へ電話を掛けてくるのは、階級がより下の警察官がほとんどであることが多い。だから、遠慮せずに色々な情報を入手できるように話せる関係を築くことが大事だから、という理由で、貴格は向こうが恐縮しないようフランクに会話ができるようにしているとのことだった。


 そんな2人のところへ電話が掛かってきたということは、何らかの仕事の要請であることは間違いないことだった。光一を含めた残りの4人は、緊張しながらその光景を見守っていた。

功人と貴格のところへ掛かってきた仕事の電話。いよいよ、防犯部の面々は事件へと巻き込まれていきます。

次回の投稿を楽しみにしていただければ幸いです。

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