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【第2章完結】光一くんのピアスはプライスレス【第3章執筆中】  作者: 御乙季美津
第1章 光一くんの初体験はプライスレス
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プロローグ

 5月21日。

 午後8時30分。

 5月1日に防犯部に配属された光一がこの時間に帰宅したのは初めてのことだった。


「ただいま」

「お帰りなさい。遅かったわね」


 帰り着いた光一を出迎えたのは母親だった。


「ちょっと資料の整理をしていたら遅くなっちゃった」

「まぁ、そうだったの。職場の人に迷惑をかけてない? 大丈夫?」

「大丈夫。なんとかやってるよ」

「そう。それなら良いけど」


 何かを誤魔化すために少し無理に笑顔を作った光一の表情を見て、母親は苦笑いを浮かべたけれど、それ以上を追求しようとはしなかった。


「そうだ。晩御飯を早く食べてしまって。光一で最後だから」

「うん、分かった。そういえば他のみんなは何をしているの?」


 晩御飯を食べ終わっている他の家族について、特に紗英が何をしているのか確認するために母親に尋ねた。疲れて帰宅した後に紗英と顔を合わせるのだけは何とかして避けたかった。

「お父さんと紗英ちゃんは自分の部屋ね。仕事とか課題とかあるみたい。あと美紗ちゃんはお風呂よ。ほら、早く光一も鞄を部屋に置いてらっしゃい」

 母親の言葉に光一は安堵した。なぜなら、紗英は課題に集中しだすと余程のことが無い限り部屋から出てこないからである。

「うん。すぐ行くよ」

 光一を促した後にリビングへ向かった母親を見届けた後、光一も部屋に鞄を置いて晩御飯を食べるためにリビングへと向かった。


 リビングで光一が目にしたのは、テーブルの上に並ぶ一人分の晩御飯。ついでに紹介すれば、今夜のメニューは鶏肉の唐揚げとサラダと白ご飯という何の変哲もない普通の晩御飯である。


「母さん。何をしているの?」

 リビングに入ってから晩御飯を前に席に着いた今も、光一は気が気ではなかった。その原因は、キッチンから漂ってくる食事の時に光一が避けている「奴」の香りだった。

「ん? 光一も社会人なんだから克服しなきゃね」

「えっ?」


 光一が戸惑っている間にキッチンから出てきた母親が手にしていたのは、一つのお椀が乗ったお盆だった。


「はい。油揚げとわかめと『椎茸』の味噌汁よ」


 「椎茸」という言葉を強調しながら母親が差し出したモノに、光一の口元はひくついた。なぜなら、美味しそうな油揚げとわかめの味噌汁のど真ん中に、光一が苦手な椎茸がそのままの形で鎮座していたからである。晩御飯を用意してもらえるのは感謝すべきことなのは分かっている光一だけれど、まさか自分が嫌悪している食材をそのまんまの形で出してくるとは、全く想像していなかった。


「ちょ、ちょっと! 母さん! これ……」

「これで最後だから食べてしまってね。あと、食べ終わったたら食器は流しに置いといて。後で片付けちゃうから」


 光一の抗議の声を無視しながらそう言うと、母親はリビングを出ていった。


「はぁ……食べるか……」


 リビングに1人取り残された光一は、1つ溜め息を吐くと点いていたテレビのチャンネルを国営放送に変えた。映し出された映像は午後9時前のニュース番組のオープニングで、光一はそれを見ながら晩御飯を食べることにした。


 ラスボスになるであろう味噌汁に手を付けないまま、晩御飯を食べながら明るい話題のニュース二つを流し目で見終わった後、光一の目はテレビの画面に釘付けになった。


「今日、筑後川下流の川岸で、身元不明の男性の変死体が発見されました」


 アナウンサーが読み上げた3つ目のニュースのインパクトが大き過ぎたからである。


「警察への取材によりますと、今日午後4時過ぎ、福岡県久留米市を流れる筑後川下流の川岸に、身元不明の男性の変死体があるのを、近くを通った漁船の乗組員が発見し警察へ通報しました。年齢は30代とみられており、警察は司法解剖による死因の解明や身元の確認を急ぐと共に、事件と事故の両面から捜査をする方針です」


 アナウンサーがニュースを読み終えると、映像はスタジオの光景に切り替わった。嫌な予感がする、と強い既視感を感じた光一が記憶の書庫を探っている時、ポケットに入っていたスマートフォンから着信音が聞こえた。

「こんな時間に誰が……えっ……」

 スマートフォンのディスプレイに表示された「朝倉夏奈」という名前を見た瞬間から、光一の頭の中には固有スキル発動注意報が鳴り響きだした。だけど無視をするわけにもいかず、ふぅ、と一つ息を吐いて光一は「通話」のボタンを押した。


「あ、はい。星野です」

「もしもし、光一君? 今、大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「ほんと? 良かったー。ニュースを見てるかなって思って電話しちゃった」

「ニュース、と言うとあの筑後川のですか?」

「うん。なんか嫌な予感がしない?」

「そ、そうですね。確かに嫌な感じがしました。一筋縄ではいかないというか……」

「光一君もなんだ。なんか光一君と価値観が同じみたいな感じで嬉しいなー」

「そ、そう言われると、反応にこ、困るので止めてもらえませんか」


 電話から聞こえる夏奈の声は嬉々としていて、向日葵のような笑顔を咲かせる夏奈の姿を光一に思い起こさせた。光一の固有スキル発動注意報が警報へと格上げになった瞬間だった。


「そうなの? でも夏奈は本当に嬉しいんだよ!」


 喜びを露にする夏奈の大きな声が電話口から聞こえた時のことだった。


「兄さん? いるの?」


 浴室へと繋がっているドアの向こうから美紗の声が聞こえた。

「み、美紗!? う、うん、帰ってるよ」

 光一が返事をすると、パジャマ姿の美紗がドアを開けてリビングへと入ってきた。

「あれ、兄さん? 誰と電話しているの?」

 電話をしている光一を見た美紗の表情が、笑顔から一気に冷めた表情へと変わった。

「あ、その声、もしかして!」

 こちらの状況を理解していない夏奈の能天気な声が電話口から聞こえた瞬間、美紗の目が冷酷なものへと変わった。まずい、と危険を察知した光一は、

「それではまた明日よろしくお願いします!」

「え、ちょ、ちょっと! 光一く……」

 夏奈のリアクションを一方的に遮断して電話を切った。


「兄さん? 女性と電話をしていたみたいだけど、相手は誰?」

「え、えーっと……」


 美紗が職場の女性陣をどういうわけか敵視していることを光一は知っているものの、ここは誤魔化さずに正直に話すことが最善と判断して、

「職場の、せ、先輩」

 嘘偽りなく答えたけれど、それが良くなかったのか、

「へぇー……で、用件は何だったの?」

 美紗の視線が一層鋭くなった。絶対零度と言うべき冷たさを持っていた。

「筑後川の川岸で身元不明の男性の変死体が見つかったっていうニュースが流れたんだ。それで、明日からその件に取り組むことになりそうだっていう話をしてたところだったんだよ」

 後半は付け焼き刃的に誤魔化すための内容ではあるけれど、電話がかかってきた理由は嘘ではない。焦りながらも光一は美紗の質問に答えた。


「へぇー、そうなんだー」


 光一の答えを聞いた美紗は、薄ら笑いを浮かべながら生返事を返した。絶対に納得してないな、と光一は焦っていた。

「本当だから……」

「そういうことにしておくから。これ以上兄さんを虐めたら仕事を辞めちゃいそうだし」

 やれやれと言いたそうな表情で美紗は首を横に振ると、


「じゃあ、今度その電話をかけてきた職場の人に会わせて」


 と、光一が全く予想していなかったことを口にした。

「えっ、な、何で!?」

「仕事の話って兄さんは言ってたけれど、電話口からなんか楽しそうな声が聞こえてきたような気がしたんだ。だから、本当は兄さんと話をしたかっただけなのかなって思ってね。兄さんに悪い虫が付かないように、妹であるわたしが直々に会って話をしたいの」

「そ、それは、ちょっと難しいんじゃないかな……」

「じゃあ、その味噌汁の椎茸、食べてあげない!」

 そう言うと、拗ねた様子の美紗はプイっと視線を逸らした。まさか椎茸が取引の材料にされるとは思っていなかった光一にとっては予想外だった。


 光一にとって椎茸は天敵とも呼ぶべき存在で、どうしてこんなものを人間は食べているのだろうか、と常々思ってさえいる。だから、味噌汁に浮かんでいようと、できればこれだけは絶対に食べたくはない。だけど、美紗にもし食べてもらうと、はぐらかすことは絶対に不可能で、必ず夏奈と会おうとするに決まっている。どちらを取るべきか。しばらく考えた光一が出した結論は、

「美紗には申し訳ないけど、興味本位で職場の人に会わせるわけにはいかないかな。椎茸は自分で食べるよ」

 椎茸を自分で食べるという「茨の道」へ足を踏み入れることだった。


「へぇ。兄さんにしては男気がある選択をするんだね。そうなんだー。わたしに邪魔されたくないぐらい大切な関係なんだー」


 光一の返事を聞いた美紗は再び薄ら笑いを浮かべた。

「い、いや、大切とかそういうわけじゃなくてー、ただ迷惑をかけたら……」

 美紗の言葉に焦る光一。その慌てぶりに、ふふふ、と美紗は声を出して笑うと、

「冗談だよ、冗談。でもいつか会わせてね。わたしには妹として兄さんの交友関係を把握する義務があるし、それに兄さんのことを理解して採用した人たちがどんな人となりをしているのか興味もあるから」

 と言いながらドアへと向かった。そしてドアの前で立ち止まると、

「おやすみ。兄さん」

 ウィンク付きの笑顔を見せてリビングから出ていった。

「美紗には敵わないや」

 閉まったドアを眺めながら光一はポツリと呟いていた。


 美紗が部屋を去った後、テレビを見ると天気予報が始まっていた。

「明日は晴れか。で、どうしよう。この椎茸……」

 目の前に残された手つかずの味噌汁を眺めながら、光一は椎茸の対処法を悩んでいた。

「味噌汁の出汁を思いっ切り含ませて食べるか。あまり噛まずに飲み込んでも死ぬことはないだろうし」

 そして、手にした箸を使って椎茸を味噌汁の中に沈めた。そしてしばらくそのままにしてから箸を外すと、椎茸は浮かびあがってきた。

「もうちょっとかな」

 箸を使って味噌汁の出汁をなるべく吸い込ませるようにもう一度沈めた。そして今度は引き上げて口に入れると、数回噛んで椎茸の風味が口に広がる前に強引に飲み込んだ。大きな塊が喉を通っていくのを光一は感じた。

「そういえば、あの筑後川の死体が発見された件は防犯部に来るのかな」

 椎茸をクリアした光一の頭に、さっき美紗の追及を逃れるために自分が言ったことが引っ掛かった。川で発見されているから最も考えられる死因は溺死である。足を滑らせて川に落ちたか、もしかしたら誰かに無理矢理水面に顔を押し付けられた可能性もある。


「うっ……」


 その時、光一の体が一瞬硬直した。さっき、椎茸を味噌汁に無理矢理沈めていた自分に戦慄を感じた瞬間だった。

今回から、光一くんのピアスはプライスレス第二章が始まります。

本格的に仕事に取り組む光一くんの活躍と、女性に迫られてあたふたする光一くんのカッコ悪い姿にご期待ください。


2/5追記

年末年始がドタバタしてしまい、なかなか書き進めることができていません。

きちんとした形で発表したいという気持ちがありますので、続編については今しばらくお待ちください。

今後とも御乙季美津と、光一くんを始めとする防犯部の面々をよろしくお願いします。

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