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影が差す未来

 一月。雪の猛威は衰える事なく、気温だけでなく、田舎町に暮らす人々の感情をも冷やしていくようだった。テューダは窓から外を見た。小さなテューダ家の麦畑は一面真っ白に染まっていた。他の畑も同様だったが、境目が分からない。

 でも、綺麗な眺めだった。現実逃避をするには良い景色だ。

 白壁に囲まれた八畳ほどの広さの部屋にいる三人は、各々、黙々とゆったりとした時間を過ごしていた。白いシーツが敷かれた木製のベッドに、ピンクの毛布をかぶった一人の少年が横たわっていた。その傍らに小さな椅子にかけ、本を読んでいる茶色のワンピースを着たロングヘアの少女。目がほんの少しつり上がっている。アジア系の小さな女性だった。彼女の黒い瞳は青の背表紙の本に釘付けになっている。


「うああああああ! わからん!」


 少女は突如、うなり声を上げた友人、テューダを省みず黙々と本を読んでいる。少年は天井を見つめていた。テューダは赤と白のチェックのシャツに、ジーンズといったラフな格好をしていた。窓際に置いてある机の前で頭をかきむしっていた。


「エスメラルダ! わかる?」


 エスメラルダは青い本を閉じ、ため息をついた。


「私もわかんない。何が書いてるの? これ」


 本の内容はアルファベッドが並んでいるものの、その組み合わせが滅茶苦茶で、どう発音したら良いものか迷うものもあった。何かの文法に乗っ取って書かれているみたいだが、まるで理解できなかった。弟はこれを理解し、暗唱もできる。


「薬や病気と関係あるの? この怪文が」


 エスメラルダはテューダの何百回と放たれたその言葉に動じる事はなくなっていた。慣れとは恐ろしいものだと思った。


「薬を注射した後に、これを読まないといけないって言われた。できれば暗記してほしいって」

「なんか、怪しくない? 注射して本読むなんて聞いたこともないけど」


 エスメラルダは側で横になっている少年の頬に手を当てた。彼は綺麗な黒い目をしていた。少年は、横になったまま口を開いた。


「言葉には神秘的な力が宿るって、聞くよ。物語には勇気づけられるし、歌には力をもらった。多分、そういう意味」


 エスメラルダは気持ちを悟られないように、微笑んで見せた。内心、心配でどうしようもなかった。薬を体内に入れて文字を朗読する、それも意味がわからない事を。危ない予感しかしなかった。


「でも、確かに体の内側から力が沸いてくるような気がするよ。僕、ちゃんと本の言葉も覚えた。意味はわかんないけど、口ずさむと体が楽になるんだ」


 既に何回か注射を終えていて、その度に目に見えて弟の調子は良くなっていく。成功した、とテューダは思った。駄目で元々だったが、ここまでだとは。


「また、三人で遊びにいけたらいいね」

 エスメラルダが言った。


「僕、スケボーがしたい」

「スケボーかぁ・・・・・・」


 エスメラルダの目が中に泳いだ。運動音痴の彼女は、何をやらせても駄目だった。坂を下って行くスケボーに必死でしがみつき、最後はため池に突っ込んだ事がある。


「二人でエスメラルダを救助できるぐらいには、弟が回復していればいいけど」


 テューダはそう言って、笑い出した。弟も笑った。エスメラルダは下を向いてバツが悪そうにしていた。エスメラルダは話題を変えようと、弟に話しかけようとした。先に弟が話しだした。


「バイバイ! エスメラルダ、その本持って帰っていいよ。僕、もう読み終わったし。また明日も来てくれるよね」


 エスメラルダはネイサンを驚きの顔で見た。黒い瞳が大きく開かれた。


「おい! そんないい方ないだろ。いつ、エスメラルダが帰るなんて言った!」


 テューダは立ち上がって怒った。エスメラルダは彼女を制した。


「い、いや。確かに帰ろうと思ったのよ。青い本も持って帰って私も一緒に覚えようかなって。それを言おうとしたら・・・・・・」


「おかしいな? エスメラルダが僕に本の事を聞いて、扉に向かって歩いていったと思ったんだけどなぁ」


 エスメラルダとテューダは顔を見合わせた。幻覚を見たのか? だが、エスメラルダは弟が言う通りの行動を行おうとしたという。エスメラルダは二人に優しく言った。


「気にしないで。じゃあ、この本、借りるね?」


 エスメラルダは雪道を帰って行った。ネイサンはその姿を見送っていた。


「あれ! 隣のロウさんの馬だ。乗ってるのは・・・・・・誰? ロウさんが、怒鳴りながら追いかけてる、あっ! 泥棒だよ、姉さん!」


 テューダは窓の外を見た。エスメラルダの姿は消えていた。誰も見あたらない。


「誰もいないじゃないか」


 弟に幻覚症状がでたのかもしれない、と心配した。すぐ横になるよう、声をかけたその時、馬の鳴き声が聞こえた。テューダは窓の外を見た。雪道を一頭の馬がかけていく。知らない男が乗っていて、その後ろをロウさんが必死に追いかけていた。


「あれ? おかしいぞ、この場面、さっきも見たんだけど」


 テューダの背中に戦慄が走った。それは頭まで達し、不安をかき立てた。

 弟は、無邪気な顔で窓の外を見て笑っている。その無邪気な顔はもう見られないかもしれない。それも近い将来の話だと思った。


 あの企業。弟の体に何をいれたのだ。

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